第15話 星淳蔵(農業)[1]

 永遠ようおんちょう西にし一丁目のほし淳蔵じゅんぞう氏は不機嫌だった。

 大きなきのこ雲を見てしばらく身動きができなかった淳蔵氏は、ふと我に返るとあわてて母屋おもやに逃げ込んだ。

 きのこ雲というと原爆か水爆だ。

 もちろん、星淳蔵氏だって、核兵器が爆発したらこんなものではすまないはず、ということはわかっていた。

 でも、万一、ということがある。最近は技術が進歩しているから、超小型核兵器というのだって、あるかも知れない。

 しかも、そのきのこ雲が立ち上がってしばらくすると、空からざざざっと何かが降ってきた。それは細かい黒い粒らしい。

 「死の灰」!

 原爆を落とされた後の街では「黒い雨」というものが降ったという。

 いまざざっと降ってきたのがその「黒い雨」ではないのか。

 いや、核兵器なんかであるはずがない、と思いながらも、体のしんが震えた。

 最近、某国がミサイルの発射実験を繰り返しているとニュースで言っていた。そのミサイルは日本列島を飛び越す能力があるという。

 某国のなんとか書記が今朝もその発射実験をやり、それでミサイルがここに飛んできたのではないか。

 まさかそんなことは、と思いながら、窓を閉め、離れの畳の部屋の真ん中に腰を下ろした。

 こういうときに何をどうやっていいかわからない。正座して、両手を膝の上に置いて、じっとしている。

 息子の嫁の希美のぞみさんが横の廊下を通りかかった。

 「あら、お父さん」

と間の抜けた声を立てる。

 「あ……」

 早くきかなければ、という思いとうらはらに、かすれた声しか出ない。その声をしぼり出す。

 「あれは何だ……?」

 ところが、希美さんは、のんきに

「あれって?」

などときいている。くりくりした目がいまもかわいらしい。

 「何をのんきなことを言ってるんだ!」と一喝いっかつしたいのだけど、相変わらずのどが詰まって声が出ない。

 「い、いや……あの……」

とぎこちなく目を窓の外にやる。

 黒みを帯びた煙か霧かがゆっくりと漂っている。希美さんもそちらに目をやって、淳蔵氏の言いたいことを理解したらしい。

 「ああ。西原にしはらさんのところで地面が陥没して、ブルドーザーがその穴に落っこちたんですよ」

 淳蔵氏は慌てる。

 どうして希美さんがそんなことを知っているのだろう、と思ったからだ。

 「希美さん!」

 この嫁を危険なところに行かせたと知られれば、また息子にどんな小言を言われるかわからない。

 放射能が漂っているかも知れないところに、確かめに行かせるなどと……。

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