第12話 本松永一(建築士)[1]

 ブルドーザーに乗っていた工員をトラックの運転手に託して病院へ送り出し、警察と消防にも連絡を取り、教育委員会とここの発注者のお嬢さんにもメールを送り、本松もとまつ永一えいいち氏が現場監督と今後の手はず打ち合わせをしているところに最初に到着したのは、教育委員会の横川よこかわ博子ひろこだった。

 市役所の建物からスクーターで飛ばして来たらしい。渋滞なんてあるはずのない道路なので、すぐに着く。

 「うわあ。これはすごいですね!」

というのが博子の最初の感想だった。

 設計者と現場監督と工員二人、男ばっかりで顔を合わせているかぎりはこんなものかと思っていたけれど、そこにクリーム色のポロシャツに青いパンツを穿いた女性が現れると、これまでいた四人はたしかに異様だ。全員が真っ黒にすすけている。

 しかも、周りには、炭や灰のようなものが、「降り積もる」というほど大げさではないけれど、散乱していた。

 「市役所から見たときにはたいしたことはないだろうと思っていたんですけど、これじゃ大騒ぎになるのも当然ですね」

 「大騒ぎって?」

 現場監督が口をはさむ。それで、横川博子はかわいらしく慌てて

「あ、わたし、市教育委員会教養文化事業課の横川と申します。よろしくお願いします」

と言って名刺を差し出す。現場監督が当惑して

「ああ、悪いけど後にしてくれ。だってほら……」

と手を見せている。その手は煤かほこりかで黒かった。

 「こんなんで名刺もらっても、まっ黒になって何書いてあるか読めなくなるからな」

 現場監督が言うと、

「あっ! すみません、すみません」

と頭を深く下げてお辞儀じぎしている。

 やっぱり、ここでは異質のひとだ。

 本松永一氏はハンカチで顔をぬぐった。ハンカチが黒くなるけれど、このさい、しかたがない。

 何から説明しよう?

 少なくとも、か弱い女性の市職員をあの現場に行かせるのはまだ危険だ。いや、か弱い女性でなくても危険だ。また崩れてくるかも知れない。さっきも、監督には上にいてもらって、あの金髪イケメン君と二人で壁の材質を確認してすぐに戻って来た。

 たしかに石材だった。しかもたぶんしっかりした花崗かこうがんだ。煤や灰で覆われていたからよくはわからないけれど、その表面はきれいに仕上げているようだ。

 もともとここの地中にあった石ではない。どこかから持って来て仕上げたか、どこかで仕上げてから運んできたか。それが、見た範囲では、きれいに直角に組まれていた。少なくともこの状況では継ぎ目すら見つけられなかった。

 「いや、なんか核ミサイルが落ちたとかいう書き込みが流れたらしくて」

 本松永一氏が黙っていると、横川博子が説明を始めた。

 何のことだろう?

 「ほら。真っ黒なきのこ雲だったでしょう?」

 金髪でないほうの工員がポケットに手を突っ込んだ。スマートフォンを出して、何かやっている。すぐに

「あ、ほんとだ」

と声を立てた。

 「核爆発とかいう話が流れてるけど、だいじょうぶか、だって。ほかにも来てる来てる。うわ。電力会社が秘密で地下に設置してた原発で事故、とかいうのまである!」

 それはいいけど。

 というより、よくないけど。

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