第11話 天羽佳之助(元造船所社主)[3]

 最初は手狭てぜまに見えた工場ががらんと広く見えるようになり、そのなかでやることのない工員たちが昼寝をしているような日々が続いた。佳之助かのすけ氏はそんななまけ者の工員たちを叱りつけたが、効果はなかった。

 そこで、そのころはやっていた「日本的経営」というような本を読んで、朝礼と朝のラジオ体操を導入して工場での規律を保つ管理方法を実施した。

 そうしたら、工員たちは次々に辞めていった。

 「なんだい! 意気地いくじのないやつめ! おまえなんかに給料を払わなくてよくなって、こっちは好都合だってんだ! へっ!」

と言って工員たちを送り出した。

 人件費は減ったが、収入はもっと落ち込んだ。

 一部の工員はそのまま三善みよしの造船所に再就職したらしい。

 やがて、帰郷きごうりゅう還郷かんごうりゅうで一つずつあった漁協の統合の話が持ち上がった。

 どうせそんなものは成功しまいと高をくくっていたら、還郷家流の祝部ほうり惣一そういちがそれを認めてしまいやがった。還郷家流でも、帰郷家がやって来るまでは村の名主を務めていた家、「鹿又かのまたの祝部」と呼ばれる還郷家流の名家を背負しょって立つ祝部惣一が、だ。

 そういえば、あの鹿又祝部のたぬきめは、高校のころにはレーニンだもう沢東たくとうだとか言って、社会主義とやらにかぶれていやがった。それが、今度は、カネ持ちの三善の手先だ。

 ちゃらんぽらんのひどいやつだ。

 あんなやつはさっさと押しのけて、自分が還郷家流のリーダーになるべきだったのだ。この村の還郷家流の出世頭の自分が。

 ともかく、漁協が統合され、佳之助氏の造船所の顧客はさらに減った。

 そこで気にしなかったのもよくなかった、と、いま、佳之助氏は思う。

 なぜ気にしなかったかというと、証券会社に運用を任せておいた株式投資のもうけが造船所の不振を埋め合わせてあまりあるほどだったからだ。

 それで造船所を建て直して最新式にし、三善の工場などだれも相手にしないようにしてやる、と、当時の佳之助氏は意気さかんだった。

 しかし、そこにバブル崩壊と長期不況などというできごとが起こった。

 何が起こったのか、佳之助氏にはいまだにわからない。

 ともかく、アドバイザーの忠告を無視して投資を続けた佳之助氏の資産は半分以下に減ってしまった。無能な証券会社のアドバイザーを見限って、女の投資顧問にも依頼したが、いいかげんな女で、さらに資産は減ってしまった。

 それまでは預金の利息だけで十分な収入があったのに、利率というのが下がって、満足な収入も入らなくなってしまった。

 もはややむなしだった。

 造船所を売却しようとしても買い手がつかない。屈辱くつじょく的なことに、それはあの帰郷家流の三善祥造しょうぞうに買い取られた。それしかなかった。

 そして、三善祥造は、佳之助氏が苦労して育て上げた工場をさっさとスクラップにしてしまった。

 「もっと早く、工場をたたんでおくべきだったのかなぁ」

 そのとき手許てもとにあったカネに工場を売却したカネを合わせ、さっさとラスベガスかハリウッドに土地と家を買っておくべきだったのだ……。

 ため息をついた。

 やっぱりたばこがほしくなってきた。

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