第5話 本松永一(建築士)[2]
空洞の存在を知らなかったことについて、
ブルドーザーの乗員だ。金髪でないほうの工員に引っ張り上げてもらい、片方の肩をこの工員に預けていたが、足もとの確かなところに来ると自分の足で立った。
そのまま下りて来る。
永一氏はほっとした。少なくとも大けがではなさそうだ。
「ふあーっおっどろいたあーっ! うはーっほんっとおっどろいたあーっ!」
大声を上げている。監督がきく。
「けがはないか?」
「いやあ、びっくりしただけでけがなんてありませんよ! うわーっ、それにしてもびっくりしたあ! 自分が乗ってたブルドーザーが地面のなかに吸い込まれるなんて! 一瞬無重力状態でそのあと「がんっ!」っすよ「がんっ!」! ジェットコースターでもこんなのありませんよ! ほんとびっくりしたあっ!」
乗員の興奮は冷めない。
「医者に行って見てもらってこい。
片町というのはブルドーザーをここまで運んできてくれたトラックの運転手だ。さっきはトラックの運転席でハンドルに足を投げ出してたばこをふかしていた。
いまはどうしているか知らないけれど、ともかくまだトラックは出発していない。
「え? おれ? 医者行くって、おれっすか?」
「そうだ。
「いや、そんな! だいじょうぶっすよ! このとおり、ぴんぴんしてます」
乗員は監督を見上げて大きい声に身振りもまじえて言う。
だいじょうぶそうではある。血を流したりもしていないし、体の動きも自然だ。
あとは、この異様な興奮が、
監督は工員に向かって首を横に振った。
「重機が一メートル以上も転落して乗員が無事だったら奇跡だ。その奇跡が起こったかどうか、医者に確かめてもらって来いと言ってるんだ」
つけ加える。
「こんなんじゃ、今日一日の仕事でおまえの出番はないだろうしな」
そうだ。
今日一日どころか、これからしばらく工事はできないだろう。
少なくとも警察の現場検証がある。
見習い時代からこれまで百を超える現場に関わってきた
でも、それは、現場での盗難や近隣からの苦情の処理で、たいしたことではなかった。たしかにどれも不愉快なできごとだったけれど。
今回は違う。現場で土地の
何が待っているのだろう、と、考えようとしたときだった。
「かんとくーっ!」
さっきの金髪イケメン工員の声がすっとんきょうな声を上げた。
陥没でできた穴から肩から上だけを出して、こちらに向かってわめいている。
その体のまわりからもわっと黒い空気がわき上がっている。服はまっ黒で、ところどころ地の色が残っている程度だ。イケメンも台無しだ、と思いたいところだが、紙も顔もその黒いものに汚れているのにやはり色白のイケメンに見える。しかも、その汚れのせいで鼻筋が通っているのがかえってくっきりと浮かび上がる。
たいしたものだ。
「あっ、こらっ!」
監督が
「なんだ? そんなところでごちゃごちゃするな! まだ崩れるかも知れんのだぞ」
けれどもイケメンはその場所でそのままの姿勢で叫んだ。
「いや、でも、ちょっと来てください! できれば先生も!」
金髪工員がまた呼ぶ。先生というのは永一氏のことだ。
監督と永一氏は顔を見合わせた。
黒い霧がようやく晴れて、もとの暑い夏の日射しが照りつけ始めた。
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