第4話 本松永一(建築士)[1]
事故が起こったとき、
ここの敷地は全体が周囲より二メートルほど高い。そのなかでも一段高くなった場所に上がったとたん、ブルドーザーの姿が地面に吸い込まれるように消え、大きな音と振動がとどろきわたった。
何かにつかまらないと立っていられないほどの揺れだったが、とっさにつかまるものなど何もない。しゃがんで頭を覆おうとしたが、その前に揺れは収まった。
見上げると、空に黒い煙が大きく広がって行く。その空から何かがかたまりになって落ちてきた。
ざあっという音がして視界が灰色になる。肩や腕や背中がちくちくする。
「おおい」
ヘルメットをかぶりユニフォームを着た
この黒い粒が降り注ぐ下で、監督は普段と変わった様子なく構えていた。
「だいじょうぶかあ?」
でも、ここまで言ってしまうと、監督は首に巻いていたタオルをすばやく口に当てた。
本松永一氏は監督のところに急ぐ。
「あ、下がっててください」
監督が止める。
監督は、自分からその高くなったところから下りてきた。
もともと薄い緑色だったユニフォームは、黒と灰色のまだらになり、顔が黒光りしている。
自分も同じような姿なんだろうと本松永一氏は苦笑する。
「まだ崩れるかも知れませんから」
監督が言っている横を二人の若い工員がすり抜けた。さっきからトラックの近くでスマートフォンを見ながらだらだらとおしゃべりをしていた二人だ。それがまるで別人のように
「おい、だいじょうぶか?」
そのうち、背が高くて、縮れた髪を金髪に染めた男が下に向かって叫ぶ。この現場一のイケメン男子だ。
乗員の救出はそのイケメンともう一人に任せておいて、本松氏が監督にきく。
「何が起こったんですか?」
「下に空洞があって、あいつが上に乗って踏み抜いたんですよ」
監督はいまいましそうに言った。
「屋敷を壊したときにはあそこを通してもだいじょうぶだったんですが、そのときに
「はあ……」
たしかに、灰色の霧が晴れ始めているその場所を見ると、左右に巨大な石碑のような大きな石が斜めに突き出していた。
さっきまでそんな石はなかった。大きな石のまん中をあの重機が踏み抜いて、石をはね上げたのだ。
「重さに弱いポイントに重さをかけてしまったんですね」
事故が起こった、その一段高くなった場所には、屋敷を壊す前は貧弱な庭木が植わっていた。
もともと自動車や重機を通すことを想定していない屋敷内で、屋敷を壊したり整地したりするために重機を通すには、この高くなったところを通るのがいちばん近道だった。それで、屋敷を壊すときにそこの庭木だけ伐採したのだが。
地下に空洞があるなんて、永一氏は知らなかった。
前の建物の図面は取り寄せたが、地下室なんてどこにも載っていなかった。
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