ラブ&プロダクト

 流れ作業という言葉がある。

 ライン生産、つまり同じ規格の製品を大量生産する為の作業方式を意味する。


 イメージはアレだな、刺身の上にタンポポを載せる作業。


 俺たちに与えられた刑罰はまさにそれだった。


 目の前で、一定の速度で動くライン。

 その上を流れる容器に、素材をぶち込んでいく。


 それだけだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 俺たちは死んだ魚の目で流れ作業に勤しんでいた。


「皆サン! 愛を! 愛を込めるのデス! 愛が品質を高めるのデス! ラブ&プロダクト!」


 日本語の怪しい工場長の激励が虚しく響き渡る。


 最初の頃はイラっとしたが、今はもう何も感じない。


 幼女陛下の「おめーら、そんなにポーション(酒)が好きなら作るところからやれや」という気遣いによって、俺たちはここにいる。


 ポーション(酒)の生産工場。

 日々、従業員がライン作業に精を出し、ひたすらポーション(酒)を作り続けるという、狂気に満ちた現場である。


 俺たち受刑組はともかく、他のベテランさん方は好きで作業してるみたいだからな……。

 筋金入りの生産職の考えることはよく分からない。


 特に普段から酒に溺れるだけのニートどもにとって、流れ作業は苦行以外に何物でもないらしく、「あーうー」と声を漏らして完全にゾンビ状態だ。


 シンプル極まりない作業だから、効率化も出来なければサボることも出来ない。他の作業員とは一定間隔で離れており、お喋りも出来ない為、黙々と手を動かすだけだ。

 当然、業務時間内にポーション(酒)を飲むことは許されず、さっきから〈薬物中毒〉の称号のおかげでゴリゴリとHPが減り続けている。


 なんで俺たちはゲームの中で労働に勤しんでいるのだろうか……

 そんな疑問が湧いては、考えても仕方ないと沈んでいった。



 チャイムの音が鳴る。

 昼休みが終わり、午後の作業が始まる合図だ。


 俺とニートどもが、のろのろとした足取りで作業場に向かう。

 その途中で、声を掛けられた。


「三十二番! 来い!」


 番号呼びって、もはや囚人扱いでは?

 あながち間違っていない気がした。


 俺は看守さん、もとい、ラインリーダーの下に出向く。


「なんすか……」

「出所だ。幼女陛下の命令でな」


 おお!

 一週間は強制労働を課せられると思っていたが、まさか半日で解放されるとは。


 これも日々の行いゆえだな。

 俺は喜びを分かち合うべく、他の受刑者に笑顔で話しかけた。


「いやあ悪いね! 俺はほら、幼女陛下と古い付き合いだから。扱いが違うんだよね、扱いがさ!」

「死ね」

「死ね」

「死ね」


 シンプルに死ねと言われた。

 口の悪い連中だな……。


 ライン作業で気が立っているニートどもに手を振り、俺は工場を後にした。



 そして領主館。

 幼女陛下にお部屋にて。


「ウサギとカメ、という寓話があります」


 いつも通り特注の椅子に腰かけ、足を組んだ幼女が語る。


「本来、負けるはずのない勝負で、怠けたウサギさんが着実に進んだカメさんに負けるというお話です。教訓は油断大敵。しかし、本当にそうなのでしょうか?」


 他に解釈のしようがないと思うが、どうやら彼女は別の意見を持つらしい。

 従順な下僕たる俺は黙って話を聞いた。


「ウサギさんもカメさんも、そこまで積極的に争う生き物ではありません。平和を愛するモフモフとのんびりした爬虫類。むしろ平和の象徴です。にもかかわらず、ウサギさんはカメさんを挑発し、カメさんもそれに乗った。不自然だと思いませんか? そう。つまり、裏で糸を引く何者かがいます」


 まさかの陰謀論。

 そういうお年頃なのだろうか。


「そんなことをする生き物は一つしかありません」

「というと……?」

「人間です。全て、人間が悪いのです」


 とんでもない難癖だった。

 しかし幼女陛下は動物好きの人間嫌いなので、何ら不思議はない。


 事ある毎にプレイヤーを処刑しようとする幼女陛下は、不思議の国の女王も真っ青の暴君なのだ。


「人間がウサギさんたちを唆したのでしょう。ヤツらが平和な動物界に争いを招いた。唾棄すべく邪悪です」

「では、本当の教訓とは?」

「人間はゴミ」


 なるほど。

 勉強になる。


 たったいまゴミ認定された俺は、少しだけ賢くなった。


「では本題に入りましょう。ちょっとお仕事を頼めますか?」

「拒否権は」

「ありません」


 ですよね。

 どうやら流れ作業から解放されただけで、強制労働が免除されたわけではないようだ。


「……もしかしてお怒りです?」

「まさか。私と旅がらす君の仲じゃないですか」


 そ、そうだよな。

 俺と幼女陛下はデスゲームが始まる前から大の仲良しだ。

 よく斥候という名の生餌にされたり、護衛という名の肉壁にされたりした。


 そんな従順な下僕である俺に、無茶な命令をするはずがない。


「飼い犬に手を噛まれたくらいで、私が怒るはずないでしょう」

「そ、そうですか」

「飼い犬なら、ねぇ」


 目が笑ってねぇ!

 どうして俺は犬ではなく人なのだろうか。

 自らの生まれを呪う俺に、女王様が命じた。


「ちょっと攻略組にちょっかいかけてきてください」


 最前線じゃないですか。

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