クソ田舎へようこそ

 クソ田舎と呼ばれるマップがある。

 アルファス、イベータに続く三番目の町であり、そんな愛称の通り、周囲を深い森に囲まれた大自然豊かなエリアだ。


 アルカンには様々なクソ要素がたんまりとあるが、中でも一番クソなマップはどこか、と問えば、大多数のプレイヤーがここクソ田舎であると回答するだろう。

 最近では攻略難易度が高すぎて、最前線の水の都のヘイトも高まりつつあるが、それでもクソ田舎に比べればまだマシとされている。


 俺の説明に、たまたま知り合った初心者プレイヤーが首を傾げた。


「田舎は田舎だけど、そんな悪い場所には見えないよ?」

「まあな。別に田舎だからクソ呼ばわりされてるわけじゃないし」


 先に断っておくが、クソ田舎とは、田舎に対する蔑称ではない。たまたまクソみたいなエリアの環境が田舎だったという話だ。もし都会だったらクソ都会になっていただろう。

 

 要因はいくつかあるが、間違いなく悪いのは運営だ。

 どうやらアルカンの運営は中途半端にリアルティを重視する性分らしく、所々で「なんでだよ」と突っ込みたくなる仕様がある。

 

 例えば、町から町への移動だ。

 今でこそ〈ゲート〉を使えば一瞬で転移可能だが、その機能が使えるようになったのは、四つ目の町、交通都市デルムタが解放されてからだった。 

 それまでプレイヤーの移動手段は徒歩しかなかったのだ。


 従来のオンゲーですら走って移動するのが面倒なのに、フルダイブ型のVRMMOでそれは正気の沙汰ではない。

 数キロ単位で離れている町を、疲労こそしないとはいえ、自分の足で移動しなければならないという苦行である。


 しかも、町エリアの外側は普通にモンスターが出現する。町に着く直前にモンスターに襲われ、リスポーン地点を更新しないまま殺されて直前の町に死に戻りする羽目になったプレイヤーも少なくない。

 ちょくちょくリスポーン地点である〈ゲート〉の広場で見かける、頭を抱えて絶叫するプレイヤーは大抵それだった。

 普通に数時間単位で徒労になるからな。


「で、なんでここがクソ田舎って呼ばれてるの?」

「すぐに分かるさ」


 宣言通り、すぐに分かった。

 よりにもよって、俺が実演する形で。


「ぬるぁ!?」


 後ろから突き飛ばされ、俺は顔面から地面に突っ込んだ。

 戦士職なら華麗に受身を取ったかもしれないが、生憎と俺は跳んだり跳ねたりが得意なタイプではない。


 俺を撥ねた存在を見て、今回臨時パーティーを組んだ少女が叫んだ。


「イノシシ!?」

「クソ猪……!」


 これがクソ田舎のクソ田舎たる由縁である。


 俺たちがいるのは、木々に囲まれてこそいるが一応は町の内側だ。にもかかわらず、普通にモンスターが出現する。

 森の中に存在する町なのだから野生のモンスターも出るだろうという、「そりゃそうだけど」としか言いようのない理屈で、町中は安全地帯というゲームの不文律がぶち破られた結果だ。


 見事に奇襲を食らった俺は、すぐさま立ち上がった。


「だ、大丈夫?」

「大丈夫だ。ダメージはほとんどない。それより――」


 クソ猪の攻撃力は、初心者でもまず死なない程度に抑えられている。

 それよりも厄介なのは、突進に伴う追加効果だ。


 案の定、転んだ拍子に俺のインベントリから落ちたアイテムが、地面に散らばっていた。


 クソ猪の能力だ。

 プレイヤーの所持アイテムをランダムでドロップさせる、突進攻撃。


 これだけならまだいい。

 落ちたなら拾い直せばいいだけだ。

 しかし、アルカンでも断トツで評判の悪いクソ田舎の悪意が、この程度であるはずがない。


「警戒しろ! 次が来るぞ!」

「次!?」


 そしてヤツは上から来た。

 木々を伝って近付いてきたのであろうそいつは、軽やかな三次元駆動で地面のアイテムをひょいっと拾い上げ、一瞬で樹上に戻っていった。


「クソ猿!」


 今度の敵はお猿さんだ。

 突進スキルでプレイヤーのアイテムをランダムにぶちまけるクソ猪と、落ちたアイテムを拾って持ち去るクソ猿の極悪コンボこそ、クソ田舎の真骨頂である。


 迷わずポーション(毒)を投げつけるが、当然のように避けられた。

 猿の動きが速すぎる。

 とてもではないが、当てられる気がしない。


 いったん攻撃を止めた俺は、ヤツの手にあるアイテムを見て絶叫した。


「あああああっ! 俺のポーション!」


 ビンの色で分かった。

 それ、お祝い用に取っておいた高級ポーションじゃねぇか!

 やめろ! 百歩譲って普通のポーションならともかく、それだけはやめてくれ!

 もう二度と手に入らないかもしれない、プレミア品なんだぞ!


 しかしモンスターに人の心は分からない。

 むしろこちらを小馬鹿するように、尻を突き出してふりふりした後、クソ猿は逃げ出した。


「エテ公風情が……!」


 上等だ。

 転移魔法の使い手である俺と、鬼ごっこで勝負するつもりか?


「地獄の果てまで追いかけてやるよ!」



 地獄の果ては遠すぎたようだ。

 MP切れで転移魔法も打ち止めとなり、俺は歩いて元の場所に戻った。


 くそ、燃費が悪すぎる。

 やっぱりこれ外れスキルだろ……。


 あの時、他のスキルを選んでいれば……いや、結局は同じことか。おまけのデメリットはどうにもならない。あんなイベントだかバグだか分からないモンに巻き込まれた時点で、キャラクターを作り直すべきだったのだ。

 唯一無二のレアスキルが手に入ったところで、他のステータスがゴミ同然じゃどうにもならねぇ。


「お、おかえり」

「ただいま……」


 猿に逃げられ、意気消沈しながら戻ってきた俺は、パーティーメンバーに改めて教えた。


「これがクソ田舎だ……」


 クソ田舎、ルガンマ。

 幼女陛下の命令で参加することになったイベントの会場である。


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