幼女陛下

 発端はプレイヤーの増加に伴う治安の悪化だった。

 本来、先導役となるべき攻略組は最前線に集中し、中堅以下のプレイヤーに構っている余裕がなく、ワケも分からないままにログアウト不可能という状況に陥ったプレイヤーたちが暴走を始めるのは時間の問題だったのだ。

 

 だからこそ、攻略組、検証組と並ぶ組織、運営組が発足したのである。

 プレイヤーをまとめ上げ、秩序を維持する為に。


 そんな運営組のトップが、彼女、幼女陛下と呼ばれるお人である。


「あらあら」


 今日も頭の王冠が眩しい幼女だ。

 しかし見た目はロリでも、伊達や酔狂でトップに祭り上げられたわけではない。


 リーダーに必要なのはカリスマ性と判断力。

 我らが幼女陛下は、気に入らない相手を秒で処刑する判断力の高さでその地位に就いたのである。

 とんでもない暴君だった。


「旅がらす君ですか。君は本当にヤンチャですねぇ。どうしたんですか。女性の部屋に無断で入るなんて……切腹モノですよ? ナイフ、貸しましょうか?」


 いきなり自殺を推奨されたぜ。

 この余裕、外の騒ぎを知らないわけでもないだろうに、流石は運営組のトップと言ったところか。


 普段なら土下座をかまして許しを乞う所だが、今回はそうもいかない。

 俺は他の薬物中毒者どもの願いを背負って、ここにいるのだ。


「幼女陛下! 禁酒法について話がしたい!」

「ああ、そのことですか」


 頬に手を当て、眠たげな表情で幼女が嘆息する。


「私としてはどうでも良かったんですが、攻略組がうるさくて。増えすぎでしょう、〈薬物中毒〉」

「そ、その程度の理由で」

「しかも先日、酔っぱらってエリアボスに挑むお馬鹿さんまで現れる始末で」


 ……。

 やめて欲しい。

 それを言われたら何も言い返せないじゃないか。


 確かに、正当性は幼女陛下にある。何なら正当性しかない。

 だが、正しければ全てが許されるほど、世界は単純ではないはずだ。


 俺は心の底から訴えた。


「……再考を」

「ふむ」

「どうか、禁酒法の再考を。俺たちの……生きる希望を、奪わないでくれ……!」

「私、人間が嫌いなんですよね」


 ……そうか。

 対立は決定的だった。

 元々、彼女は人間嫌いで、民を猿未満の奇妙な生き物程度にしか思っていないのだ。


 これまでの日々を思い返す。

 仕事に失敗して処刑され、口応えして処刑され、気まぐれで処刑され、幾度となく処刑されてきた女王様の下僕ライフ。


 どんな仕打ちにも耐えてきたが、今回ばかりは泣き寝入りは出来ない。


 外で戦っている、仲間のことを思う。


 下剋上しかない。

 ここで暴君を討ち、俺が玉座を獲る。


「王位簒奪だ。ポーション王国の樹立だぜ」

「寝言は寝てから言いなさい」


 国教は当然、ポーション教だ。


 システム画面を開き、俺は決闘申請を飛ばした。

 幼女陛下は躊躇なく受け取る。


『Duel Mode!』

『決闘申請が承諾されました』

『対戦相手:ファーム・ファタール』

『開始まで10秒――』


 カウントダウン開始。

 運営組のボスであり、デスゲームが始まる前からの付き合いである彼女は、当然俺の手の内を知っている。


「勝てると思ってるんですか?」

「勝てるかどうかじゃねぇ。勝つんだ」


 負けられない戦いが、ここにある。


『Ready…go!』


 決闘開始と同時に、俺は真正面から突っ込んだ。


「うおおおおおおおおおおっ!」


『You Lose!』


 そしてあっさりと返り討ちに遭い、処刑された。



 まあ勝てないよね。

 見た目がロリでも一組織のトップだ、俺如きでは話にならない。

 後で聞いたら倍以上もレベルが違っていた。いや、先に言ってくれよと。俺だってその情報があったら戦い方変えてたよ。具体的には土下座外交だ。戦争良くない。


 自警団のニートどもも多少粘ったが、攻略組にボコボコにされたらしい。


 それでも、戦いは無駄ではなかった。


 俺たちの奮闘もあり、禁酒法は施行されなかったのだ。

 流石に禁止は勘弁してくれと、俺を含めてニート一同で土下座をかまし、さらに商人と生産職から署名が提出されたことで、再検討される運びとなったのである。


 深夜にまで及ぶ審議の末、禁酒法の代わりに酒税法が導入された。


 まあ、妥協案だ。

 いくら独裁者の幼女陛下でも、運営組の活動資金源である商人と生産職の意見を完全無視は出来ない。


 ポーション(酒)は課税対象になったが、これまで通り販売出来るし、飲むのも自由。少なからず相場と売上に影響は出るだろうが、むしろ酒代の為にニートが働くことを考えれば、悪くない結果かもしれない。


 ただ、真っ向から幼女陛下に叛逆した俺たちは、無罪放免とはいかなかった。


「静粛にー」


 眼鏡をかけたプレイヤーが、何やら手に持った紙切れを掲げ、声を張り上げた。


 場所は始まりの町、アルファスの広場だ。

 一般プレイヤーからNPCまで、色んな暇人が俺たちを見守っている。


 背中側に回した手を縛られ、罪人の如く傅く自称自警団のニートども。

 ヤツらはまだマシな方で、俺と団長に至ってはぶっといロープでグルグル巻きの簀巻き状態だ。


 主犯の団長はともかく、なんで俺まで……。

 詠唱防止の為か、口をガムテープで塞がれ、抗議すら出来ない。


 転移魔法で脱走しようとしたからか?

 ちょっとしたお茶目だろうが。出来心だしちゃんとごめんなさいしたんだから許してくれよ。

 しかし、世の中はそんなに甘くなかった。


「自称自警団二十名+αが女王陛下に楯突き、秩序を乱しました! よって判決を言い渡します!」


 色々省き過ぎでは?

 そして+αって俺のこと?

 自警団ニートの一員扱いされなかったことを喜ぶべきだろうか。それとも個別に目を付けられていることを嘆くべきだろうか。


「罪状! 反逆罪! 強制労働を命じます!」


 俺たちは強制労働を命じられた。

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