信仰の加護

 抵抗を哀れむ者は賢いのだろう。

 決死を嘲笑う者は恵まれているのだろう。


 俺たちはどちらでもないから、ここにいる。


 黙って殴られるだけでは、何も変わらない。

 勝ち目がなくとも、戦わなくてはならない時もある。


 今がそうだと、自然に思った。

 ポーション(酒)だけは、絶対に譲らない、譲れない。

 辛い時、悲しい時、そっと寄り添ってくれたポーション(酒)。デスゲームが始まる前から、俺は虜だった。

 ポーション(酒)に対する思いは、恋に似ている。自分の意思では、どうにもならないのだ。

 諦める時は、死ぬ時だ。


「ナメ、るんじゃねぇ……!」


 そう思ったのは、俺だけではなかったようだ。

 地鳴りのような低い声が、言葉を紡ぐ。


「ブースト・スペル!」


 淡い光が、男の全身を包み込む。


 ――無詠唱。

 最短手順によるスキル発動。

 強化された膂力で敵を投げ飛ばし、自警団団長が無理やり立ち上がる。


 彼だけではない。

 他のニートどもも、団長の気合に後押しされるように、次々にスキルを発動していく。


 無詠を省略したスキルの発動は、普通に高等技術だ。

 初心者は当然使えず、中堅以上のプレイヤーであっても、相応の努力とセンスがなければ使うことは出来ない。


 ニートと見下していたプレイヤーの、予想外の反撃に、攻略組の面々が動揺していた。


「お、お前ら、どうして……!」

「……戦ってきたのは、テメェらだけじゃねぇってことだ」


 ポーション(酒)はタダではない。

 いくら安かろうと、無料で手に入るわけではないのだ。


 ここには脛を齧らせてくれる親はいない。生活保護などという概念もない。


 だから、彼らは戦ってきた。

 その日の酒代を得る為に、腕を磨き、モンスターを倒し、日銭を稼いできたのだ。


 攻略組に比べれば、それは微々たるものかもしれない。

 それでも、経験値は嘘をつかない。

 彼らのレベルは、全てポーション(酒)が授けてくれたものだ。


「ポーションの神よ……!」

 

 誰かの囁くような言葉に、全員が祈りのポーズを取った。

 ポーション(酒)を愛飲する者であれば、誰もがポーション神の信徒だ。俺たちはポーション(酒)に神が宿ると、本能的に理解している。


「く、狂ってやがる」

「テメェらには分かんねぇだろうよ」


 俺たちには共通点がある。

 ゲームであれば珍しくもないシステムだ。

 特定の条件を満たした者に授けられる、称号。


「オレたちは全員、〈薬物中毒〉の称号持ちだ」

「馬鹿なの!?」


 一定期間、薬物系のアイテムを摂取しないとHPが減るという、凄まじくアレな称号だ。ちなみに獲得したら強制的にステータスに設定され、条件を満たすまで解除不可能。

 言うなれば、死ぬまで共に生きるという、ポーション(酒)に対する覚悟の証である。

 

 戦力では劣っていても、俺たちにはポーション(酒)がついている。

 だから、怖くなかった。


「戦え! テメェら!」


 ポーション(酒)を呷り、団長が叫んだ。


 ポーション(酒)の為に培ってきた力と技術――

 その全てを、解放する時が来たとばかりに。


 ニートの一人が、俺を取り押さえていたプレイヤーに体当たりした。

 自由を取り戻した俺に、団長が命じる。


「行け、旅がらす! この件、主導してんのは攻略組だ! 女王に直談判すりゃ、もしかしたら……!」

「させるか!」


 俺に斬りかかってきたプレイヤーの剣を、団長が斧で受け止める。


 相手は攻略組だ。

 信仰心を頼りに戦う彼らでも、そう長くは持たないだろう。


 建物の入口を見る。

 一人も逃がさんとばかりに、向こうは予備戦力が待機している状態だ。来ると分かっている敵勢を取り逃すような杜撰な警備はありえない。

 彼らを突破して女王のところまで辿り着くことは不可能に近いだろう。


 だが、俺なら突破できる。


 一人で乗り込むのは避けたかったが、このままでは全滅だ。

 ならばと覚悟を決め、魔法陣を描き始める。


 スキルスロットの上限は六つ。六種類のスキルを自由に設定できる。攻撃、防御、アクティブ、パッシブ、種類は千差万別であり、職業による縛りはない。

 よほど有名なプレイヤーでもなければ、実際に戦うまで手の内が分からないということだ。


 魔法陣によるスキル発動は、戦士職はまず行わない。

 俺の行動に、団長と鍔迫り合い状態の男が叫んだ。


「止めろ! そいつは運び屋だ! 転移魔法を使うぞ!」


 慌てて数名のプレイヤーが俺を取り押さえようとするが、遅い。

 光の魔法陣が完成する。


「ディメンション・コード!」


 魔法陣が輝き、視界が切り替わる。


 転移魔法は俺の持つ唯一の切り札だ。

 燃費が悪いし、戦闘では役に立たないが、侵入と逃走において俺の右に出る者はいない。


 飛んだ先は、大きな部屋だった。

 赤い絨毯と豪奢なベッド、調度品はいずれもが高級感に溢れ、さながら王族のモデルルームのようだ。


 女王の居室。

 会議室と迷ったが、彼女の性格なら、自分の部屋にいる可能性が高いと踏んだ。


「あら」


 意外そうな顔で、首を傾げる人影が一つ。

 頭に王冠を載せた、小さな幼女だ。


「幼女陛下……!」


 彼女こそ、幼女陛下。

 運営組のトップである。

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