禁酒法

 禁酒法。

 有名なのはアメリカのそれだろう。


 読んで字の如く、酒類を禁止する法律である。

 アルカンにおいては、ポーション(酒)の製造と売買を禁ずる悪法を意味する。


 当然、俺たちは反対した。

 署名を集めるのは面倒だったから、直訴という名の武力蜂起で解決を図った。


 そして鎮圧された。


 瞬殺だ。

 女王の根城に乗り込んだ俺たちは、普通に入り口で待ち構えていたプレイヤーたちに、わりと一方的にぶちのめされた。


「テ、テメェら……」


 今回の首謀者、自警団の団長が自分を取り押さえる男を睨みつけた。


「攻略組か……!」

「まあ、そういうことだ。悪いな。オレらからしても、ポーション(酒)が広まり過ぎるのは困るんだよ。人が集まんねぇ」


 運営組は大した戦力を持たない。

 強いて言うなら自警団気取りのニートどもがそうだが、今回の騒ぎに参加したメンバーの大半がそのニートだ。

 日々をポーション(酒)の摂取に費やす駄目人間が、最前線で戦う攻略組に勝てるはずがない。


 俺たちの動きを予期して、攻略組に協力を要請した――わけではないだろう。

 むしろ逆だ。

 攻略組が運営組に対し、ポーション(酒)の禁止を要請したのか。


「なんでだ! なんで、こんな!」

「この状況が全てだろ。デスゲームだぞ? 命懸けのゲームだ。にもかかわらず、酒に溺れて働きもしねぇ。攻略に参加しろとは言わないけどな、他のプレイヤーにまで悪影響が出てるのは見過ごせない」

「悪影響だと!? オレたちが何をした!」

「何もしてないな。マジで何も」


 ……。

 まあ、ニートだしな。

 働いていない。つまり、何もしていない。


「新規の連中がお前ら見て、悪い意味で悟るんだよ。『あ、別にデスゲームだからって戦う必要ないんだ』って」

「……それは、だって、なあ?」

「いや、分かるよ。戦うのが苦手なプレイヤーだっているよ。そういう意味じゃ過度にシリアスにならなくて助かってるけどさ。けどお前らは違うじゃん? 恐怖やら何やらで現実逃避ってんならオレらも配慮するけど、単に面倒だから町に引きこもってるだけじゃん? 違うの?」

「畜生……っ!」


 ぐうの音も出なかった。

 正論だからな。

 俺も含めて、その場の全員が目を伏せた。


 そう、自覚はあったのだ。

 世間の方々は駄目人間に冷たい目を向けるが、必ずしも駄目人間に駄目な自覚がないわけではない。

 日銭を稼いでポーション(酒)に縋る日々。

 健全とはとても言えず、褒められたものではないことくらい分かっている。


 だけど、どうにもならないのだ。

 だって、楽だから……。

 ポーション(酒)を飲むのは楽しいし、この世界はゲームだから、それで体を壊したり問題が起きたりすることはない。


 ゲームの世界に住めたら、あるいは別の世界に生まれ変わったら。

 そんな妄想をしていても、結局は妄想どまりだ。人間の性根はそうそう変わらない。環境で行動は決まらない。


 人間の本質は怠惰だ。

 命懸けの戦いなんてしたくない。

 怖いとかそういうの以前に、面倒臭いから。


 誰からも注意されなければ、人の進路を決めるのは自制心と克己心だけだ。人目がなくとも善行を行い、正しい道を行ける聖人は滅多にいない。

 働かなくていいなら働かないし、楽する方法があるなら、底なし沼に沈むように楽な方に進んでいく。

 それが、人間という生き物、ゲーマーの習性だ。


「だから、その理由を取り除く。まずはポーション(酒)だ。やることなくて暇になれば、嫌でも戦う気になるだろ」

「……は」


 嘲笑か、自嘲か。

 小さく笑みがこぼれた。


 認めよう。

 俺たちは確かに堕落した。


 モンスターを殴ってレベルを上げるのは、確かに最初は楽しいかもしれないが、続けているといずれ飽きる。スキルの獲得や素材集めも同様だ。


 結局のところ、デスゲームの最大の問題は強制されていることだろう。飽きたから別のことをしよう、という当たり前の選択が出来ないから、現実の勉強や仕事と同じように手を付けるのがだるくなる。

 誰かから強制され、楽しさも感じないなら、それはただの作業だ。


 無論、中には飽きもせず攻略に邁進する者もいる。

 そこが攻略組とそれ以外のプレイヤーの違い、廃人と常人を隔てる壁なのかもしれない。


 今、取り押さえられた面々は、廃人の域に至れなかった半端者だ。

 だからポーション(酒)という、安易な享楽に溺れた。


「けど……」


 だけど、と思う。


 堕落は事実だ。

 それでも、俺たちに希望を与えてくれたのは、ポーション(酒)なのだ。


 それはソシャゲにおいて、強すぎるキャラが下方修正を食らった時の感覚に似ていた。

 ふざけるなよ。何様のつもりだ。


 拳を握り、顔を上げる。


 俺たちから、希望ポーション(酒)を取り上げるな。

 反撃の狼煙のように、魔法の光が瞬いた。

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