謎の物質ι
狩りの時間だ。
プレイヤーにとって、狩場とはフィールドのことである。
各町に設置された〈ゲート〉を使って転移した先、モンスターの跋扈する人外魔境で戦うことこそ、俺たちの生きる道である。
戦わなければ、生き延びられない。
「そーれっ!」
右手にスコップ、左手にバケツというフル装備でフィールドに出向いた俺は、ぬかるんだ泥沼で採掘作業に勤しんでいた。
戦闘? しないよ、冗談じゃない。
俺は攻略組どころか、戦闘職ですらないのだ。戦えばウチの店で飲んだくれているニートにすら勝てないだろう。
遠くの方にスライムっぽいモンスターが見えているが、近付いてきたらガン逃げすると心に決めている。
代わりに俺は、ぬかるんだ地面にスコップの先を突っ込んだ。
手応えを感じて持ち上げる。
泥の中に埋まっていた半固体をバケツに放り込み、採掘品を確認。
『謎の物質ι』
謎の物質である。
この謎の物質がポーション(酒)の原材料だ。
生産系のスキル持ちが、これといくつかの素材を混ぜ合わせてグチャグチャすると、ポーション(酒)が出来上がる。
つまりは大多数のプレイヤーの生きる糧、どんなレアアイテムよりも大切な、宝物ということ。一部のフィールドでしか採取できない謎の物質が、プレイヤーの生活を支えている。
彼らの笑顔と――そして店の経営の為に、俺はスコップで泥沼を掻き分け続けた。
みかじめ料がきついんだよな、ウチの組織。
色々と不親切なアルカンに推奨レベルなどという甘ったれた表記はないが、検証組の調査結果に基づけば、このフィールドのレベル帯はおよそ俺の倍だ。
モンスターに見つかったら、特技の死んだフリを披露するしかないから、隠密行動が基本となる。
成果は十分と判断し、俺は町に戻った。
集めた謎の物質を生産職の知り合いに渡し、今日の仕事は終了だ。
成果物は後日、ポーション(酒)として納品されるだろう。
ゲームの特性上、アイテムを作成する上で一番手間がかかるのが素材の入手だ。ポーション(酒)の生成自体はスキルで手軽に行える為、自前で素材を持ち込めば料金は格安で済む。
ウチの喫茶店がニートどもに人気の理由だ。
材料費が掛からない分、他の店と比べて格段に安いからな。
「今日も今日とて客はニートばかり……」
店の扉を開けると、いつも通りの面々が集まっていた。
だが、様子がおかしい。
「な、なんだ? お前らどうした?」
普段なら馬鹿騒ぎしているニートどもが、妙に神妙な顔で沈黙している。
俺は動揺した。
「お、おい、空気が悪いぞ。急にそんなシリアスな雰囲気出して。似合わないよ? ほら、普段みたいに馬鹿騒ぎして。元気がないぞー? もしかしてニート呼びしたこと気にしてるの? ごめんって、冗談だよ、ニートって言うなら俺ら全員そうじゃん。攻略組って言うけど、アイツら昼夜を問わずゲームしてるだけだからね? たまにシリアスな空気出してるけどさー、別に戦わなきゃ死ぬわけでもないし、大袈裟なんだよね。極論、そこら辺のスライム狩ってりゃいつかはレベルカンストすんだし。気楽にいこうよ。ほらほら、ポーション(酒)だよ。飲んで飲んで? かんぱーい!」
「……旅がらす」
反応が鈍い。
普段ならポーション(酒)を見せるだけできゃっきゃする連中なのに、どういうことだ。
「ど、どうしたんだ、ホントに。お前ら、そんなキャラじゃないだろ! ポーション(酒)があれば何も要らないって、そういう駄目人間だろ! 俺もお前らも!」
「……そのポーション(酒)が問題だ。ついさっきオレたち自警団に連絡が来た」
どうしようもないニートどもだが、彼らはニートを名乗らない。
本人たちは、『自警団』を自称している。
自宅警備員の集団、略して自警団である。
ニートの響きに抵抗せんとする、なけなしのプライドの表れだった。
そして苦い表情で中心にいる大男が、彼らの代表だ。
自警団の団長を自称する、筋金入りのニートが言う。
「恐れていた事態が起こった」
日常はかくも容易く崩れ落ちる。
それは平穏を乱す、致命的な一言だった。
「――禁酒法が発令された。女王様の命令だ」
女王という名が指し示す人物は一人しかいない。
すなわち、運営組のボスである。
現状、プレイヤーの所属する組織は三つに分けることが出来る。
攻略組、検証組、そして運営組だ。
攻略組はゲームの攻略を進め、検証組は情報の収集と分析を担っている。
では、運営組の役割はといえば、プレイヤー全体の管理と支援だ。
集団にはまとめ役が必要不可欠。
トップのいない集団は烏合の衆でしかなく、個々人が好き勝手にやっていては、いつか破綻が訪れる。歴史を紐解くまでもなく、人間が放っておくとアホになる生き物であることは分かり切っている。
デスゲームにおいても、それは変わらない。
運営組の役割は秩序の維持だ。
プレイヤー同士のいざこざを解決し、新人の教育や情報の共有、生産職の支援などを行っている。会社で言うなら総務部に近いかもしれない。
俺の店も運営組の庇護下にあり、その為、毎月みかじめ料としてかなりの金額を支払っている。ヤクザみたいなやり口だが、まあ、国も自治体もない状況ではそうなるのも自然だろう。
ともあれ、その女王によって、禁酒法が発令された。
日常は終わり、戦う時が来たということだ。
「行くぞ」
俺たちは店を飛び出し、女王の根城に向かった。
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