ですげーむ

 アルカディアン・クロニクル。

 略称はアルカン。当初は分かりやすくアルクロと呼ばれていたらしいが、色々あってアルカンという呼び方が定着した。

 敢えて婉曲な言い方をすると、このゲームはアバターと五感を同期するフルダイブ型のVRMMOであり、さらにポーションという飲み物アイテムの調合が可能であり、お国の取り決めとしてお酒は二十歳になってからというあたりに理由がある。

 他の製品と区別する為に缶に入れて売られたのが決め手だったな。


 正直、サービスが終了しなかったことが不思議でならない。まだこうなる前の頃の話だが、俺がいたサーバーではプレイヤーの三割以上が〈薬物中毒〉の称号を獲得していた修羅の世界だ。

 今思えば当初からきな臭いゲームだった。 

 事実、こうしてログアウト不可能という、見事なデスゲーム状態だ。

 

 きっかけは、ティンカーベルやら有害羽虫やら呼ばれる謎の存在だった。

 妖精じみた姿の何かによって、俺たちはこちら側に放り込まれたのだ。

「遊ぼうよー!」と声を掛けられ、ワケも分からないまま引きずり込まれ、気付いたらログアウト出来なくなっていたわけだ。

 

 全プレイヤーが一斉にそうなったわけではなく、妖精に遭遇した者が、順繰りにこちら側に連れて来られている。後続のプレイヤーの話を聞く限り、全員が同じようにして、有害羽虫に攫われたらしい。

 つまり、誰一人として詳しい事情は知らない。

 

 ここがどこなのか、本当にゲーム内なのか、それとも別の世界なのか。

 こうなった理由やティンカーベルの目的も分からず、文字通り投げっぱなしだ。

 有害羽虫が現れるのもプレイヤーを攫う時だけであり、特に殺し合えだのクリアを目指せだの言われたわけでもない。

 

 目的がない。

 そうなると、人間がどうなるか分かるだろうか。

 

 だれるのだ。

 そう、デスゲームが始まって半年以上が経過し、ぶっちゃけプレイヤーの大半はだれていた。

 

 ゲームだから飢え死にはしないし、金が必要ならちょろっと雑魚モンスターを狩って来れば日銭は余裕で稼げる。働きなさいと怒鳴ってくる親もいなければ、不摂生で病気になることもない。

 

 デスゲームはニートの温床だった。

 

 ログアウト不可能という状況も、当初はリアルの自分を心配してシリアスな空気もなくはなかったが、正直、半年も経っちゃうと心配しても今更感が凄い。

 まー、こうして普通に活動出来ているし、生身もちゃんと生きているのだろう。ティンカーベルの仕業か、こちら側に来た時点で記憶の一部が制限されるらしく、後続のプレイヤーに聞いてもリアルの状況は一切分からないから、どうしようもない。


 何ならここ、ゲームっぽい異世界の可能性もあるしな。殴られてもHPが減るだけで血とか出ないけど。誰も説明してくれないから、全ては推測でしかない。

 検証組が色々と頑張って調べてはいるが、結局のところ人間は自分の世界でしか生きられないのだ。目が覚めたつもりで、まだ夢の中だったという経験くらい誰にでもあるだろう。胡蝶の夢だ。

 

 ともあれ、プレイヤーはだれている。

 なるようになるさの精神、ある種の悟りを開いたと言えよう。

 

 そんな空気につられて、新規でこちら側に放り込まれたプレイヤーも「そんなもんか」と堕落する始末だ。

 

 つまりコイツらが悪い。

 俺は馬鹿騒ぎする酔っ払いを睨みつけた。


「ニートめ……」


 こちら側に来てから半年、どんどん堕落していくプレイヤーの姿に危機感的なものがなかったと言えば嘘になるが、流石にここまで落ちぶれるとは……。

 なんで命懸けのデスゲーム真っ只中で、こんなダメンズライフを送れるんだ。


 せめて一言くらいは文句を言ってやろうと口を開きかけた時、聞き慣れたアナウンスが響いた。


『Bad Status!』

『状態異常が発生しました』

『称号:〈薬物中毒〉の効果が発動しています』

『解消条件:薬物系アイテムの摂取』


 アナウンスの直後、徐々にHPが減り始める。

 称号の副作用だ。

 駄目人間どもに気を取られて失念していた。〈薬物中毒〉の称号持ちは、一定期間毎にポーションを摂取しないとスリップダメージが発生し始めるのだ。


 カウンターの奥の棚からポーションのビンを手に取り、俺は一気に呷った。

 HPの減少が収まったことを確認し、ニートたちを指差す。


「この駄目人間ども! 昼間っから飲んだくれて、恥ずかしくないのか!」

「どの口で言ってんの?」


 何も言い返せない。

 左手に握る空のビンが、俺と彼らを結ぶ絆のようだった。


 そう。

 俺は〈薬物中毒〉だった。

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