喫茶店『猫の耳』

 刑期を終えて、俺は町に戻って来た。


 罪状は公共物破損。

 酔った勢いでエリアボスに挑み、駄目だこれ勝てねぇと無様に逃げ出したこともなかなかの失態だが、致命的なのは逃走の為にたまたま持っていた爆弾で地下水道を爆破し崩落させたことだった。

 呆れ顔の女王様に「君は馬鹿なの?」と問われ、何も言い返せなかった自分が悲しい。


 ボスモンスターの行動パターンと能力の情報を手土産とし、出頭早々に土下座をかましたおかげで牢屋行きは回避したが、代わりに半壊した地下水道の瓦礫撤去作業に、つい先ほどまで従事させられていたのだ。

 同じくやらかした攻略組の馬鹿二人と別れ、俺は始まりの町、アルファスに帰還した。


 喫茶店『猫の耳』


 それが俺の活動拠点だ。

 フルダイブ型VRMMOの特性上、プレイヤーのほとんどはどこかしらに拠点を置く。生身と変わらない体で、休む場所もなくほっつき歩くのは精神的に厳しいからだ。

 拠点はクランのホームであったり、NPCの運営する宿屋であったりと様々だが、アルカンでは金さえ払えば自分の店を持つことも可能である。


『猫の耳』の外観は俺の中の喫茶店のイメージそのままだ。

 始まりの町アルファスの端っこにある『猫の耳』は、それほど目立つ店ではないが、それでも常連客が生まれる程度には人気があると自負している。


 お客様に憩いの場を提供したい。

 そんな思いで、俺は『猫の耳』を開いたのだ。


 諸々の用事を済ませ、愛すべき我が店の扉を開ける。

 からんころんと小気味良いベルの音が響き、続けて、店内の喧騒が耳に届いた。


「酒だーっ! もっと酒持ってこーい!」

「いっき! いっき!」

「ぎゃははははは!」


 ……店内で馬鹿騒ぎする、十数人の男たち。

 どいつもこいつも赤らんだ顔で、品のない笑みを浮かべている。


 おいおい、大繁盛じゃねぇか。

 揃いも揃ってガラの悪そうなチンピラがたむろしてやがる。


「ニートの群れ……!」


 そこにいたのは、ニートの群れだった。

 いつも通りの光景に絶望する俺に、ニートたちが気付く。


「おお? 旅がらすじゃねーか、お勤めご苦労!」

「酔っぱらってボスに挑んだってホントですかー!?」

「おいおい、そんな馬鹿がいるわけないだろ。で、三日間もどこ行ってたんですか店長さーん?」


 爆殺されたいのだろうか。

 反射的にバッグのポーション(爆弾)に手が伸びたが、寸でのところで堪える。流石にここで暴力沙汰を起こしたら、女王様も庇ってくれないだろう。


 俺は死んだ目で店内を見回した。

 木製のテーブルには大量の空きビンが立ち並んでいる。床にはぐーすかイビキを立てて眠りこける馬鹿野郎が転がっている始末だ。


 パーティーというには品がなく、宴会というには華がない。


 俺がちょっと事実の罪で強制労働に勤しんでいる間に、こんなことに……。

 我慢できず、俺は叫んだ。


「お、お前らな……何度言わせんだ! ここは居酒屋じゃねぇ、喫茶店だ! 酔っ払いはお呼びじゃねぇんだよ!」

「ンなこと言っても、ここのイチオシはポーション(酒)だべ」


 イチオシはしてねぇ。

 需要があるから仕入れてるだけで、あくまで売上の為に仕方なくメニューに入れているだけだ。税金というか、みかじめ料を払えないと女王様が怖い。

 結果としてウチの店の不動の人気ナンバーワンはポーション(酒)であり、地面に落ちた飴玉に群がるアリンコの如く、依存症予備軍のニートが集まり、その所為でまともな客が来ないという悪循環に陥っている。


 俺は頭を抱えて、店番を頼んでいた相手に目を向けた。


「バイト! おい、バイト!」

「あん? 何だよ、兄ちゃん」


 カウンターで爆弾っぽい物体を弄っていたプレイヤーが顔を上げる。


 真っ赤な装束の、赤ずきん風の少女アバターだ。

 外見年齢で言うなら、少女というよりも幼女か。


 中身はそこらのチンピラと大差ないが。

 億劫そうに店内のニートどもを見やり、赤ずきんが言う。


「そいつらのことなら知らねぇぞ。客の注文に応えただけだ。酒だろうが何だろうが、メニューにあんだから出さない方がおかしいだろ」

「そうだけど! そうだけどさぁ!」


 違うのだ。

 俺がイメージしていた喫茶店は、こう、老紳士がゆっくりとコーヒーを嗜むような、そんなお店だったのだ。


 断じて、こんな飲んだくれどもがたむろす場末の酒場みたいな場所ではない。


「喫茶店だぞ! 茶ァ飲め、茶を! コーヒーでもいい! ご注文は!?」

「やだよ。オメェの淹れるコーヒー、普通に不味いし」

「はあ? そんなわけないだろ! よく分からん粉を水に溶かしてるだけだぞ! 誰がやっても味なんか変わるか!」

「まさかのインスタント!?」


 何故か驚かれた。

 インスタントの何が悪いというのか。

 俺は生産職でもなければ、お茶やコーヒーに関して知識があるわけでもない。そうなると必然的に提供可能なのはインスタント品に限られる。

 どうせ味なんか分からないだろ。少なくとも俺には違いが分からない。コーヒーってただの苦い液体じゃない?


「くそ、ニートが! お前らが入り浸る所為で、まともな客が来ねぇんだろうが! 台無しだよ! 俺の素敵な喫茶店計画が!」

「店主がまともにコーヒーも淹れられねぇ時点で企画倒れだろ」

「正論言うんじゃねぇ! 口ばかり達者で! 昼間から何やってんだ、働けよ!」

「いいじゃねぇかよー。攻略だのなんだの、必死こいてるのは攻略組だけだろ。オレら庶民は楽しくやろうぜ。かんぱーい!」


 かんぱーい、と他のチンピラが唱和する。


 駄目だ。

 コイツら、本当に駄目だ。


「デスゲームだぞ! シリアスどこにやった!?」


 俺の魂の叫びは、酔っ払いの喧騒に虚しく掻き消された。

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