アルコール・オンライン
兎の人
プロローグ
未成年の飲酒は法律で禁止されている。
具体的には未成年者飲酒禁止法だ。第1条から第4条までで構成されており、名前の通り、満20歳未満の者が酒を飲むことを禁じている。1992年に制定され、それ以降も何度も改正されながら、今日に至るまで青少年の心身を守り続けているのだ。
しかし、そんな法律も生身の肉体が存在しないゲームの中では意味を持たない。
何かの終わりを告げるように、無慈悲なアナウンスが響いた。
『Encount!』
『エリアボスが出現しました!』
『Dirty Water Dragon』
『推奨参戦人数24名』
『参戦人数が推奨人数を大幅に下回っています!』
湿った空気。流れる水の音。
敵は広大な地下空間の上空を、揺蕩うように泳いでいる。
全身が水で構成された、巨大な龍だ。
名前の通り、所々が黒ずんだ穢れのような色を帯びてる。
「……勝てない」
素直にそう理解した。
20名以上のレイド戦が推奨されているのに、こちらはたったの3名だ。
ただでさえ不利を通り越して負けイベントじみた状況なのに、今の俺は、まるで風邪を引いた時のように体が重い。
理由は分かり切っている。
俺は空きビンを握り締めた。
胸に這い寄る絶望感は、歯止めが利かずガチャに所持石を全部ぶち込んだ時のようだった。
「なんで……こんな」
隣で呆然と立ち尽くしていた男が、そんな言葉を漏らした。
片手剣を携えた戦士だ。
俺と同じように、もう片方の手には空きビンを持っている。
「お、お前らだ。お前らが悪いんだぞ!」
最後の一人、魔女のような装束の女が叫んだ。
俺と戦士を指差して。
「何が飲み比べ勝負だ! 考えてみたらアバターの酔いやすさなんて変わらないだろ! 同じ量飲み続けたら全員一斉に潰れるに決まってるだろうが! ばか!」
「大声出すな! 頭に響くだろうが! あああ……!」
「お前こそ! あ、う、クソ、頭が……!」
「み、水……水くれ……」
アホの子二人が陸に打ち上げられた魚のようにあっぷあっぷしていた。
そりゃ二日酔いに近い状態で大声出したらそうなるだろうよ。さっきから地面に倒れて死体のように動かない俺を見習え。
そう、思い出した。
きっかけは居酒屋だ。
たまたま入った店で知り合いに遭遇し、同席したのだ。その後、何やら戦士と魔女が険悪なムードになりかけたから、平和主義者の生まれ変わりを自任する俺が「まあまあ、居酒屋なんだしこれで勝負つけましょうや」と火に油を注ぐかの如き提案をした結果、気付いたらボスが目の前にいた。
恐ろしい話だ。
どうやら、勝負の途中で前後不覚に陥り、ふらふらとボスの間まで遊びに来てしまったらしい。
――ポーション(酒)。
アルカディアン・クロニクルというゲームにおける、キーアイテムによって。
冷静に状況を考察する俺に、魔女が噛みついてきた。
「お前もだ、旅がらす! 他人事みたいな顔をするな! 私たちをここまで運んだのはお前だろうが! お、お前の転移魔法がなければ、雑魚との戦闘で正気に返っていたはずだ!」
「……。いま死んだフリで忙しいから話かけないでくれる?」
「お前! お前なー! 諦めるのが早いだろ! 頑張れよ!」
地面に横たわって死体を演じる俺を、魔女がげしげしと踏みつけてくる。
分かっていない女だ。
感情的になっても状況は変わらない。こういう時こそ、冷静な判断力が必要とされる。具体的には現実から目を逸らして夢よ覚めろと祈る勇気だ。
しかしいくら祈っても目の前からドラゴンは消えてくれなかった。
どうやら夢ではないようだ。
騒ぐ雑魚を威嚇するように、水龍が吼えた。
獣のそれではなく、甲高い、劈くような音。
臨戦態勢だ。
もはや戦いは避けられない。
「死んでたまるか……オレは、こんなところで!」
戦士の言葉は切実だった。
俺以外の二人は、攻略組と呼ばれるトッププレイヤーの一角だ。
攻略の為にボスに挑んで死んだというなら、それは英雄の所業だろう。だが、酔っぱらった勢いで挑んで返り討ちにされたとなれば、どんな扱いを受けるか、考えたくもない。
俺も俺でこんな間抜けな死に様は御免だし、となると選択肢は一つしかない。
「飲め」
鞄からポーションを取り出し、二人に投げ渡す。
状態異常回復用のポーションだ。
栓を抜いて謎の液体を一気飲みすると、多少は全身の倦怠感が軽減された。
戦士、魔法使い、そして
幸いパーティーのバランスは悪くない。
戦って、勝って、堂々と帰還する。
酔っぱらってボスに喧嘩を売ったという醜態を隠し通す為に。
ドラゴンが雄叫びを上げ、戦いが始まる。
俺はお守りのように手に持っていた空のビンを握り締めた。
「勝って祝杯を上げるぞ!」
「お前懲りてないな!?」
魔女の突っ込みが、虚しく響き渡った。
ポーション(酒)。それは魔法のお薬。
ポーション(酒)。それはプレイヤーの最後の希望。
ポーション(酒)。それは勇気をくれる不思議なアイテム。
神の
突如として始まったデスゲームにおいて、俺たちの心を支える、ただ一つの拠り所――
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