第22話星食い池の魔女

「私も"星食い池の魔女"さんに会うことって出来るのかしら?」


 即座にセインが「はあ!?」と声を上げる。


「ちょっと、やめときなよ。"魔女"ったってほとんど引退してるよーなもンだし! 錬金魔法だって教えてあげてンだし、ボクがいれば充分でしょ」


「そうではなくて、個人的にお話をしてみたいというか……」


「お話相手でしたら、俺がいくらでも相手になりますよ、フレデリカ様!」


「よっくいうよ、堅物ちゃんのお友達は積み重なるぺらっぺらの書類でしょ。仕方ないなー、ボクが特別に魔法指導以外でも時間を……」


「フレデリカ、"星食い池の魔女"に、会いたい?」


 シドルスとセインを無視し、私を見下ろしながらコテリと首を傾げるアーヴィンに、私は「うん、会いたい」と力強く頷く。と、


「じゃあ、行こう。甘いものの、お礼」


「……へ?」


 気づいた時には身体が宙に浮いていて、アーヴィンが私の服を噛み上に放ったのだと理解できたのは、もふりとした背に着地をしてから。


「しっかり掴まってて」


「え? ちょっ、アーヴィン! 行くって……っ!」


(今!? 今すぐに行くの!?)


 そんな焦りが声になる前に、さっと食堂に駆け出たアーヴィンがパリーン! と豪快に食堂上部の窓を破って外へと飛び出す。


「フレデリカ様!!」


「オヒメサマ!?」


 二人の声すらなんとか届いた程度。

 目をつぶって必死にしがみ付いていないといけないほどの速さで、アーヴィンは森をひょいひょいと駆けていく。

 さすがは四天王がひとりのフェンリル……!


 いったいどれほどが経ったのか。

 ついたよ、の声におそるおそる目を開けると、そこには。


「わあ……!」


 茂った木々がそこだけ避けたかのように、ぽっかりと開いた空間。

 静かに佇む小屋からは、レンガ造りの煙突がひとつ。

 出入口からほんの数メートル先にまるく広がる水面はキラキラと眩しく、池というよりは湖のよう。


「ここ……"星食い池の魔女"のお家なの?」


 興奮にドキドキと胸が高鳴るのを感じながら、アーヴィンの背から滑るようにして降りる。

 途端、ふらりと足がよろめいた。

 ちょっと頭も痛いし、必死に掴まっていたからか、腕がじんじんと痺れている。


「フレデリカ、大丈夫?」


「うん……ちょっと、疲れちゃったみたい。少し休むわね」


 その場に座り込むと、アーヴィンが心配気に伏せた身体を寄せてくれた。

 ありがたくもたれかかって、ゆっくりと深呼吸を。

 うーん、緑の香りとひんやりした空気が気持ちいいー!


「ごめん、フレデリカ。早く連れていこうって、思って。……ヒト、弱いの、忘れてた」


 申し訳なさそうに告げるアーヴィンの耳が、ぺたりと情けなく伏せられる。

 私は「そうね」と笑んで、


「次はもう少し、ゆっくりでお願いできるかしら。それと……出来たら、すぐに出発するのではなくて、今行けるかどうか聞いてくれたら嬉しいわ。連れてきてくれたのは嬉しいけれど、私も身支度とか手土産とか……準備の時間がほしいの」


「うん、わかった」


(アーヴィンも、話せばちゃんとわかってくれるのね)


 主人公と敵対する魔王軍、ということもあって、小説での彼らは凶悪で身勝手な側面が強調されていたけれど。

 案外話も通じるし、今のところ"悪"っぽいところもそこまで感じないというか……。


「……ねえ、アーヴィン。"奇跡の花"って知ってる?」


 アーヴィンは「えーとね」と湖に視線を向け、


「あの辺りにある、白い花」


「……え? 全部?」


「うん」


 湖の縁に添うように咲いている、たくさんの白い花が全部"奇跡の花"!?


(重要アイテムなんだから、もっとこう、大事に育てられてる数本とかじゃないの!?)


「フレデリカ、"奇跡の花"、ほしいの?」


「あ……っ、ええと」


「――やるにしても、タダというワケにはいかないねえ」


「!?」


 ぬっと落ちた影に、頭上を見上げる。

 歳は三十の前半か半ばくらいだろうか。

 柔いウェーブのかかった、華やかな薔薇色の髪。私を見下ろす金色の瞳は楽し気に緩んでいて、品のいい真っ赤な唇は口角が釣り上がっている。


 手の添えられた腰は細く、光を遮る胸元はふっくらと。

 抜群のプロポーションと、記憶にある外見の特徴から、自然と理解した。


 ――"星食い池の魔女"。

 唖然とする私に、彼女はにっと笑みを深めると、


「話は家で聞こうか、おいで」


「あ……でも」


「なあに、"魔女"だからって取って食いはしないよ。気分のすっきりするハーブティーを出してあげよう」


 まったく、無理をさせるんじゃないよ、アーヴィン。

 呆れたようにして指裏でコツリと軽く叩かれたアーヴィンが、「うん」としょんぽりとした声を出す。

 それから尻尾をひとつ揺らして、


「ラフィーネ、ヒトは食べないから大丈夫。ここで、待ってる」


(これは……チャンス、だよね)


 それじゃあ、と。

 "星食い池の魔女"ことラフィーネに支えられながら小屋に入ると、可愛らしい木製のテーブルとイスが出迎えてくれた。


「ここに座ってな」


 導かれるまま腰を落として、「えーと、ここだったかな」とキッチンの戸棚を探るラフィーネを見守る。

 机の上は綺麗だけれど、その他のありとあらゆる箇所には植物や書物、巻かれた布や糸が積み重なっている。


 よく見れば机の横の棚には針に、鋏。

 あ、あのリボンはもしかして、貰ったエプロンについてたやつじゃあ……。


「そろそろ新しい服を仕立てるにも、採寸が必要な頃だと思ってたから丁度良かったよ。大きくなったね、フレデリカ」

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