第23話魔女との取引
「! 私をご存じなんですか」
「そりゃあ、お前さんの服を仕立てているのはアタシだからねえ。といっても、直接会ったのは、布に巻かれた赤ん坊の頃が最後だね。それからの服は、送られてくる数字で大方のサイズを決めていたから……ある程度どうにでもなるデザインばかりだったろう?」
(もしかして、私の服がふんわりしたデザインのワンピースばかりなのは、そのため?)
「はい、スッキリするよ」
そう言って置かれたグラスには水中に葉がそのまま何枚も詰め込まれていて、なかなかに緑々とした見た目をしている。
ハーブティーというよりは、葉詰めの水のよう。
(でも、せっかく出してもらったものだし、ラフィーネとは仲良くなりたいし……!)
――いける!
覚悟を決め、ぐいっとグラスを煽った。
口に含んだ水をごくりと飲み込む。と、
「あれ……? 美味しい」
「だろう? 私は味にはうるさいんだ」
パチリとウインクを飛ばしたラフィーネが、斜めに引いた椅子に足を組んで腰かける。
机上に肘をつく姿もなんとも妖艶で、そんな彼女ににこにこと見つめられていると気恥ずかしい気持ちが湧き上がってくるのだけれど。
(この水、美味しすぎる……!)
喉が渇いていた自覚はないのだけれど、それこそ魔法のようにごくごくと飲み切ってしまった。
コトリと葉だけとなったグラスを置くと、不思議と頭痛はすっかり消え去っている。
気だるさと、胸元にほのかに溜まっていた気持ち悪さも、きれいさっぱりすっきり!
「す、すごい……! ありがとうございます、ラフィーネ様」
私は深々と頭を下げ、
「突然のご訪問になってしまったにも関わらず、ご面倒をおかけして申し訳ありませんでした。改めまして、フレデリカがご挨拶申し上げます」
「魔王城ってのは凄いトコだねえ。こーんな小さい子が、そんな畏まった挨拶を覚えさせられるなんて。悪いがアタシはあんまり堅苦しいのは嫌いでね。もっと雑に話してくれるかい」
(雑に……? 普段通りでいいってことかな)
「ええっと……ありがとう、ラフィーネ、さん?」
「ラフィーネで充分さ。さあて、フレデリカ」
ラフィーネはすっと伸ばした指先で、私の頬をつんつんとつつくと、
「"奇跡の花"に、どんなご用事だい? 物珍しいものを部屋に飾りたくなるお年頃だったか?」
「あ……いえ、その」
(魔王城の皆も話せばわかってくれたのだもの。ラフィーネも、きっと大丈夫!)
「"奇跡の花"の花弁は、"黒魔中毒"に効果的だって知ったの。本当?」
「! ……どこでその話を聞いたんだい?」
ラフィーネの纏う気配が、一気に張り詰めたものになる。
(もしかして、あまり知られちゃいけない話だったのかな)
小説ではただの説明のひとつとしてしか出てきていなかったから、こんなにも警戒されるとは思わなかった。
(相手は"魔女"だし、下手な嘘をついてますます疑われることになったら困る……!)
「えと、誰とかではなく、そう書いてある本を読んだことがあって……!」
嘘ではないし、と胸中で言い訳をしながら発した言葉に、ラフィーネは一度目を細めたけれど即座にはあ、と息をついて。
「魔王城の書物庫か。それなら仕方ないね。……おどかして悪かったね、フレデリカ。あの花が"黒魔中毒"に効果的だって話は、別に秘密でもなんでもないだが……あの花に執着しているのは、当然ながら人間側でね。"悪い奴"がお前さんをそそのかしているんじゃないかって、勘ぐってしまった。アタシが魔境に引きこもりがちになったのも、奴らがいけ好かなかったからでね。許しておくれ」
(悪い奴?)
あの花を奪って、困っている人に高値で売りつけようとしている人とかかな?
「それで、フレデリカは書物で見たあの花の効力が本当か、確かめにきただけかい?」
「あ……その」
私は膝上で両手をぎゅうっと握り、覚悟を決めてラフィーネを見上げる。
「私に、あの花を――"黒魔中毒"の解毒剤を譲ってほしいの」
「……お前さんの身体は人間のままだけれど、レスターの魔力で黒魔力には耐性がある。"黒魔中毒"とは無縁のはずだけれどね」
「私が使うんじゃなくて、その……そう、お守り! お守りとして、持っておきたいの。"魔境"の側には人間の村がいくつもあるでしょう? 子供とか、誤って入ってきちゃった人が"黒魔中毒"にかかっていても、持ち歩いていればすぐに解毒できるもの」
「お守り、ねえ……」
「お願い、ラフィーネ。"黒魔中毒"が原因でお父様が、魔族が人間に恨まれる事態は避けたいの。……憎しみは、争いを生むから」
頭に浮かぶのは、目の前で"討伐"されたレスターの姿。
あんな悲しい思いは、もう二度としたくない。
勇者カイルが魔族を、レスターを恨むきっかけとなったお母さんの死を、絶対に回避しなくちゃ……!
ラフィーネは探るようにして、私をじっと見つめ、
「いいだろう。"黒魔中毒"の解毒剤、特別に譲ってあげようじゃないか」
「本当!? ありが――」
「た、だ、し!」
ラフィーネは私の鼻の頭を人差し指でちょんとすると、
「"奇跡の花"から解毒剤を作るのは、フレデリカだ」
「……え? わ、私? でも、作り方なんて――」
「三日に一度、アーヴィンに乗って通っておいで。作り方はアタシが直接指導してあげよう。上手に作れたなら、それを"お守り"にするといい。それが嫌ならば、花だけを持っていけばいいさ」
(私が欲しいのは、花ではなくて"解毒剤"だもの)
「わかったわ。解毒剤の作り方を教えてちょうだい」
頷いた私に、ラフィーネはにいっと目を細める。
「まあそう急くでないよ。まずは、フレデリカがどれだけ使いモノになるか確かめないと。そうだねえ……お得意の料理でなにか作ってみてくれないかい? 簡単なもので構わないが、きちんと"調理"をするもので」
(道具がどれだけ扱えるか見たいってことかな)
私は「"調理"をするものね」と頷き、
「調理場に案内してもらえるかしら」
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