第20話四天王がひとりのフェンリルと毒

(リサがいない時のシドルスとセインって、こんな感じなんだ……)


 小説でも確かにこの二人は仲が悪いようだったけれど、もっと落ち着いた大人な口喧嘩だった。

 それとも、あと数年経てば小説の状態に近づくのかなあ……なんて考えながら、まだ言い合いを止めない二人の背を押して食堂に通ずる厨房の扉へと向かう。


 三人分の昼食の準備を。

 口にせずとも、サミルをはじめとする火蜥蜴たちはアイコンタクトだけで察してくれて、大きく頷きテキパキと用意をしてくれている。

 本当、厨房の皆とはすっかり息ぴったり!


 私を挟むようにして、左手側にシドルスが、右手側にセインが座る。

 シドルスに昼食のメニューを説明しているうちに、三人分のポテサラチーズトーストとレーズン入りスイートポテト、そして紅茶が用意された。


「今更なのだけれど、お芋とお芋になってしまったわね。ごめんなさい」


「なにをおっしゃいますか、フレデリカ様。芋と芋だと言ったって、じゃがいもとサツマイモではまったく違いますよ」


「てゆーか作ってるモンが全然違うじゃん。チーズマヨとスイーツでしょ」


「二人とも……」


 まさかの優しい言葉に、じーんと胸がしびれる。

 シドルスはニカッと笑み、


「では、ありがたくいただかせて頂きます」


「ボクもマヨトーストから食べよっと」


 二人がポテサラチーズトーストを手にした、その時。


「……甘い、匂い」


「!?」


 ビタンと開いた食堂の扉。

 ぬっと現れたのは、青みがかった銀の毛の先に乗る、獣の黒い鼻。


(……鼻?)


「……入れない。たしか……こう」


 刹那、眩しい光が溢れた。

 ほんの数秒で消えると、食堂の扉から一匹の狼――フェンリルが現れる。


「……できた」


 どうやら食堂に入るために、身体を小さくしたらしい。とはいえ180センチは超えていそう。

 黄金の瞳を細めふるりと身体を震わせたフェンリルに、セインがひらりと手を振る。


「ひっさしぶりじゃん、アーヴィン」


「アーヴィン様、あまりフレデリカ様を驚かせないでください」


(アーヴィンって、四天王のアーヴィン!?)


 魔王軍が四天王のひとり、フェンリルのアーヴィン……!


(つ、つまり今この食堂には、魔王軍四天王が揃ったってことで――)


「……フレデリカ?」


「はいっ!」


 近寄ってきたアーヴィンは、私を見つめたまま不思議そうにコテリと首を傾げ、


「なんか、違う……。フレデリカはもっと、まるくて……毛も、そんなに長くなかった」


「そりゃそうでしょ。オヒメサマは人の子のままだから、ちゃーんと成長すンの」


「俺の記憶が正しければ、アーヴィン様が最後にフレデリカ様にお会いしたのは、七年ほど前かと」


「七年……っ!?」


 思わず驚愕の声を上げてしまって、はっと両手で口を塞ぐ。

 そうだ。アーヴィンは基本的に魔王城にはいない。

 他のフェンリルを従え、人里との境界になる"黒翼の森"の警備をしている。


 時折魔王城に現れることもあったようだけれど、わざわざフレデリカに会いに来るような仲でもなかったようだし。


「ボクたち魔族にとっては、七年なんてうたた寝と同等だよ」


 呆れたようにしてトーストをかじるセインに、「そうね……」と自身の口を解放する。

 と、シドルスは背を正したまま、


「レスター様でしたら、こちらにはいらっしゃいませんよ。自室ではないかと」


「……先に、甘いのちょうだい」


 へ、と発したのは誰だったか。

 ほんの瞬きの間に、赤い舌がぺろりとスイートポテトを攫っていった。

 ゴクリと響く嚥下音。途端、アーヴィンはカッと目を見開き、


「……もっと!」


 ぽかんとしている間に、残り二つの皿からもひょいと消えてしまったスイートポテト。

 セインが「あー!」と叫ぶも時すでに遅し。

 アーヴィンはもっもっと口を動かして、ごくんと飲み込む。


「なに、これ、目が覚めるくらい美味しい……! もっと、ちょうだい。……あっちから、同じ匂いする」


「! ちょっと待ってアーヴィン!」


 厨房の扉に向かって駆けだしたアーヴィンを、慌てて追いかける。

 が、さすがはフェンリルというべきか、四天王の一人(一匹?)というべきか。

 あっという間に厨房に駆けこんだかと思うと、火蜥蜴たちの悲鳴が響きわたる。


「アーヴィン! それ以上、食べちゃダメ!」


 バンッ! と力いっぱい開いた厨房の扉。

 視界に飛び込んできたのは、壁にくっつき怯える火蜥蜴たちと、そんな中でも果敢にトーストの乗る皿たちを守るサミル。


 そして鉄板やすでに盛り付けられていたであろう皿をひっくり返し、「おいしい、すごい」とスイートポテトを平らげるアーヴィン。


「ちょっとアーヴィン! 何してくれちゃってンの!? ボクまだソレ食べてないンだけど!」


「さすがにやんちゃが過ぎます、アーヴィン様! 俺の楽しみを返してください……!」


 頭を抱えたり膝から崩れ落ちたりな二人を押しのけ、アーヴィンに駆け寄った私は「ダメよ、アーヴィン!」とその鼻先を両手でぎゅっと抱える。


「ひゃま、ひはいで」


「するわ! だってそれにはレーズンが入っているのよ! 大変、早く吐き出さないと……!」


 私は「セイン! シドルス!」と振り返り、


「アーヴィンに吐き出させて! 手を口に入れるでも、お腹を圧迫するでもいいから、早く!」


「わあ、オヒメサマ。なかなか過激な趣味してンね」


「落ち着いてください、フレデリカ様。お怒りはごもっともではありますが、罰は別の方法で……」


「違うわ! 犬にぶどうは毒なの! レーズンは干しぶどうなのよ……っ!」

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