第19話スイートポテトはレーズン入りで

「フレデリカ様」


 サミルの声に、視線を遣る。


「パンは全て焼き終わりましたので、"アレ"を焼き始めても良いでしょうか?」


「ええ、お願い」


 んう? と間の抜けた声を出したのは、サミル。

 もぐもぐと口を動かしながら、


「他にもマヨネーズ料理を隠してたの!?」


「残念。マヨネーズ料理ではないわ」


 冷却庫からサミルが木板を手に戻ってくる。

 調理台に置いて、サミルは手際よく木板に乗っていたそれをオーブン用の鉄板に並べ置いた。

 セインはちょっと嫌そうに眉根を寄せ、


「なにその黄色くて黒いつぶつぶが入った、楕円状の塊。うわ、まだあるし」


「"スイートポテト"っていう、甘いサツマイモのスイーツよ。今回はレーズンも混ぜ込んであるの」


 サツマイモは美容食材って言われるほど栄養たっぷりなのだけれど、なんといってもレーズン!

 レーズンこと干しぶどうは、不足しがちな鉄分や銅が含まれていて貧血予防効果が期待できるとされているし、アントシアニンというポリフェノールがたっぷりで、目にいいとされる食材でもある。


(お昼ご飯が面倒になるほど忙しいレスターに、ぴったりのデザートね)


 サンドイッチ同様に片手でパクっと食べれるし、しばらく置いて後から食べることも可能だし!

 うんうんと満足げな私に対し、セインはまだ怪訝そう。


「レーズンはともかく、イモなのにスイーツ? しかもこんなぼてっとしたのが?」


「食べてみればわかるわ」


 溶いた卵黄を刷毛でさっと表面に塗って、いざオーブンへ。

 私はポテサラチーズトーストを待っていたセインのごとく、オーブンの前でじっと中の様子を見つめる。


 目的は中まで火を通すことではなく、表面に香ばしい焼き色をつけるだけ。

 絶対に、焦がすわけにはいかないもの!


「フレデリカ様、こちらに……あ、やっぱりいらっしゃいましたね」


「あら、シドルス。どうかしたの?」


 厨房の扉を開け現れたのは、何やら木箱を抱えたシドルス。

 と、サミルの存在に気づき、嫌そうに眉根をしかめる。


「誰かと思えば。フレデリカ様の邪魔をしているんじゃないでしょうね?」


「はあ? 邪魔どころか頼られまくってるンですけど。むしろ邪魔しに来てるのは堅物ちゃんでしょ。めちゃくちゃ間が悪いンですけど」


「俺はフレデリカ様のお役に立っています!! ですよね、フレデリカ様!!?」


「もちろん! シドルスにはいっぱい助けてもらっているもの。ただちょっと、今は待っていてもらえるかしら」


「なあっ……!」


 雷を受けたような声を出したシドルスに、セインが「ホーラ、間が悪い」とケタケタ笑っているのが聞こえる。

 その姿を確認できないのは、私は絶賛過熱中のスイートポテトから目が離せないから。


(ごめんね、シドルス)


 でも美味しい料理のためには、非情にならないといけない時もあるの……!


「――サミルッ!」


 バッと振り返った私に、サミルが即座に「承知しました」と素早くオーブンから鉄板を出してくれる。

 途端に厨房を支配する、あまーいサツマイモとバターの香り!


「わあ、丁度良く焦げ目がついたわね。ありがとう、サミル」


「お役に立てて光栄です。フレデリカ様との調理も、随分と呼吸が合うようになってきましたね」


「本当に、息ぴったりだわ」


 にこにこと微笑み合っている私の眼前に、突如ぬっとお皿が。


「ねえ、早くその不格好なイモくれない?」


(もう、セインったら。食い意地が張ってるんだから)


「フレデリカ様。まだ熱いので、俺がセイン様にお渡しします」


「そうね、お願いしていいかしら?」


「もちろんです。さ、セイン様。お皿をお預かりさせて……」


「ヤだね。ボクはオヒメサマにちょうだいって言ったの。ホラ、早く皿に乗せてよ。スプーンとフォークでも使えば、オヒメサマでも取れるでしょ」


(セイン、なんか機嫌悪い?)


 マヨネーズ料理じゃないから……かな?

 戸惑いながらもお皿を受け取ると、火蜥蜴のひとりがサッとトングを渡してくれた。

 ちょっと顔が強張っているのは、セインのせいだろう。


(厨房の皆が可哀想だし、食堂で食べてもらおうかな)


 お皿にスイートポテトを乗せた私は、ぱっと笑顔を浮かべてセインを見上げる。


「ね、セイン。ポテサラチーズトーストのおかわりも欲しくない? せっかくだから、このまま食堂で一緒に昼食にしましょうよ」


「……まあ、オヒメサマがどうしても一緒がいいって言うンなら、付き合ってあげてもいいよ。部屋に戻るのも面倒だしね」


「やったあ、嬉しいわ。シドルスも一緒にどう?」


「フ、フレデリカ様……っ! 俺もご一緒させていただいてよろしいのですか!? ぜひ、ぜひとも……!」


「はあ!? なんっっっで堅物ちゃんと一緒にご飯食べないとなワケ!? 部屋に戻ンなよ!」


「俺と食事を共にするのが不服だっていうんでしたら、そっちが部屋に戻ってください。他の誰でもなく、フレデリカ様のお誘いなんです。俺はありがたくご一緒させていただきますので」


「先に誘われたのはボクなんですけど!?」

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