第17話エルフ様はマヨラーだったようです

「わかりました。材料を並べて、作り方を説明すればいいのですね」


 頷いた私は早速と立ち上がる。

 それを制するようにして、サミルが「セイン様」と口を開いた。


「フレデリカ様は材料の保管場所をご存じではありません。フレデリカ様からご指示いただいた材料を俺が運んでくる、という方法でもよろしいでしょうか」


「そなの? ならそのやり方でも構わないけれど、オヒメサマが言ったものだけを忠実に揃えないとダメだかンね?」


「承知しております」


 恭しく頭を下げたサミルが私を見遣り、「フレデリカ様、ご指示を」と笑む。


「ありがとう、サミル」


 礼を告げた私にセインが眉根を寄せたような気がしたけれど、今は与えられた課題をこなすことに集中しなきゃ。


 卵にお酢、塩コショウと少量の蜂蜜に、植物油。

 出来るだけ大きな声ではっきりと告げるのは、手伝いを申し出てくれたサミルの不正を疑われないように。


 火蜥蜴たちは食べる手を止め、固唾をのんで見守ってくれている。

 セインは卵が入っているとは思わなかったようで、「本当にこれで大丈夫なの? オヒメサマ」と尋ねてきたけれど、私は問題ないと頷き調理法を説明する。


 卵は卵黄だけを使うこと。植物油は、数回にわけて加えること。

 注意点もしっかり補足しながら説明する。

 黙って聞いていたセインは私が「以上がマヨネーズの作り方よ」と終了を告げると、


「ふうん? なら、オヒメサマの説明が正しかったのか、検証といこっか」


 材料を並べた調理台にボウルを二つ加え置いたセインが、両手をかざす。

 刹那、淡い黄金色の光が材料を包んだ。


(これってもしかして、錬金魔法……!?)


 小説でのセインは、錬金魔法を得意としていた。

 その力を使って周囲の物を武器化させ、次から次へと強力な攻撃を繰り出すものだから、聖女リサも勇者も相当苦戦していた。


 どこからともなく生まれた柔い風に髪が靡き、徐々に強い光が材料を覆う。

 ほどなくして、光が弾けて消えた。

 調理台の上に並べられた二つのボウルが露わになる。


 一方には、透明な液体が。

 もう一方には乳白色のソース……マヨネーズとそっくりのものがたっぷりと。


(え? 錬金魔法って料理も出来る便利魔法だったの!?)


 セインはマヨネーズと思われるボウルを手に取ると、指を差し込みぺろりと舐めた。


「ん~~~~コレコレ! やっぱりたまんない……っ! もうボク、これからぜんっぶのご飯にこのソース使う!」


(セイン、まさかのマヨラー?)


「にしても、ホントにオヒメサマの考えたレシピだったなんてねえ。見直しちゃった」


 マヨネーズ入りのボウルを大切そうに片手に抱え、褒めるようにして私の頭をポンポンとするセイン。

 現れた時の険悪な雰囲気はとっくに払拭されていて、むしろ好感度がぎゅんぎゅんに上がったのが分かる。


 気難しいエルフも、あっという間に心を掴んでしまう。

 恐るべしマヨネーズパワー……!


(この雰囲気なら、聞いてみてもいいかな)


「あの、セイン。お願いがあるのだけれど」


「ん? なあに?」


「セインの錬金魔法で、作ってほしい調味料があるのだけれど」


 途端、セインはマヨネーズを抱えるようにして腕を組むと、「ふうん?」と片眉を上げ、


「ソースひとつでもうボクを懐柔したつもり? オヒメサマ。随分と甘く見られたもンだね」


「もちろん、報酬は用意するわ」


 サミル、パンを。

 そう告げた私に、サミルがサッと切ったパンを用意してくれる。


 私はセインからマヨネーズのボウルを借りて、スプーンを使ってパンの縁にぐるりとマヨネーズを置いて土手を作り、中央にぱかりと卵を落とした。


「ふ、ふん……! 卵とマヨネーズのパンはさっきも食べたし? 同じパンで釣れると思ったら大間違い――」


「いいえ」


 私はパンを手にきらりと目を輝かせ、


「同じ卵とマヨネーズのパンでも、これは、焼きます」


「なっ!?」


 手早くオーブンにセットし、加熱して……。


「ねえ、セイン。香ばしく焼いたマヨネーズって、また違った美味しさがあるの。食べてみたいとは思わない? ああ、ほら……とーってもいい香りがしてきたでしょう?」


「う、うう……」


「お願いしたいソースもね、マヨネーズと相性ばっちりだから、上手くいくともーっと美味しいマヨネーズ料理を作ることが出来るんだけれど……」


(あ、これくらいかな)


 ナーラから受け取ったお皿を手に、丁度良く焼き上がったマヨ卵トーストを取り出す。

 途端に部屋中に溢れる、幸せな香り。火蜥蜴たちも、たまらず鼻をひくつかせている。


 ほんのり狐色の焼き色がついたマヨネーズに囲われた、艶やかな白身。

 その中央では、ぷっくり半熟の黄身がふるると揺れる。


 素朴だけれど、だからこそ香りと相まってダイレクトに空腹を刺激するマヨ卵トースト。

 熱心に見つめるセインの形のいい唇は、今にも涎を垂らしそうなほどに緩んでいる。


(これは、いける……!)


 最後の仕上げだと、コショウを少々。

 持ちあげたお皿を顔の横に、上目遣いでセイン見上げながらコテリと首を傾げ、


「ね? だから、お願い」


「~~~~交渉成立っ!!!!!」


 勢い良くお皿を奪っていくセインに、「やったあ」とナーラの手を取って跳ね上がる。

 それから私は「あ」と思い直して、


「ソース作りはまた日を改めてでいいかしら? 作り方や材料も、もう一度確認しておきたいの」


 セインは右手にマヨ卵トーストの乗ったお皿を、左手にマヨネーズ入りのボウルを抱えたまま、じとりとした目で私を見下ろし息をつく。


「はいはい、オヒメサマの仰せのままに。ボクもう部屋に戻っていい? 冷める前に早いとこ、この焼いたマヨネーズをじっくり味わいたいンだけど」


「ええ、ぜひ楽しんで」


 ひらひらと手を振った私に、セインは厨房から出る足を止めて、顔だけで振り返る。


「なんだか変わったね、オヒメサマ。今のオヒメサマなら、構ってあげてもいいよ」

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