第16話四天王がひとりのエルフ様
バアン! と盛大にドアが開かれ、厨房に飛び込んで来た一人の人物。
腰下まで伸びた美しいプラチナブロンドの髪。誰もが息をのむだろう麗しい面持ちは、男性とも女性とも見える。
すらりとしなやかな肢体は上背があるけれど、威圧感はない。
おまけに瞳はオーダーメイドジュエリーと見間違う、艶やかなエメラルド。
(人間離れした美しさって、こういうことをいうんだろうな)
あまりの美しさに逆に冷静になってしまったけれど、髪の間から見えた特徴的な耳を見て、はたと思い出した。
(魔王軍四天王の一人、エルフのセイン……!)
エルフは魔族ではなく精霊族にあたるため、本来は魔族に対しても人間に対しても中立の立場を取っている。
けれどもセインは人間嫌い。ひとりエルフの村を離れ、こうして魔王城で暮らしている。
そしてセインは、男性だ。
「だーかーらあー! どの子が今日のメニューを考案したのかって聞いてンの!」
空っぽのお皿をぶんぶんと振るセインに、サミルが歩を進め「な、なにか不都合がありましたでしょうか?」と困り顔で訊ねる。
途端、セインは「不都合? 逆だって逆!」とお皿を抱きしめ、
「最っっっ高の食べ物に出会っちゃったって感じ!? もーーー長いこと生きてるけど、こんっな奇跡みたいなレシピがあるなんて……! 天才! 料理のいとし子!! とにかくたったあれっぽっちじゃ足りないから、もっともらいたくて来たってワケ!」
(サンドイッチ、そんなに美味しかったんだ?)
四天王の一人であるセインがこんなに気に入ってくれたのなら、レスターも気にってくれるかも。
もぐもぐとサンドイッチを咀嚼しながら、サミルが新しいサンドイッチをセインに運んでいくのを眺めていると、
「ちっがーう! ううん、かんっぜんに違うわけじゃないんだけど、ちがくて!」
ブンブンと顔を振ったサミルは、バッとベーコンのサンドイッチを開いて、
「ボクが欲しいのはサンドイッチじゃなくて、この白くて黄色くて酸っぱいけれどしょっぱいクリームソース!!」
「へ? マヨネーズ?」
思わず声に出てしまい、慌てて両手で口を塞ぐも時すでに遅し。
ばっちりとセインの緑の瞳が私を捉え、
「うっそ。ボクったら知らないウチに視力落ちちゃった? なーんかオヒメサマがいるように見えるんだけど」
(あー……たしか、セインってフレデリカを嫌ってたんだっけ)
シドルスがあまりに友好的だったから、すっかり忘れてた。
なんとも言えないジト目のセインに「あーと」と苦笑すると、サミルがさっと揃えた左手で恭しく私を示し、
「そちらの白くて黄色くて酸っぱいけれどしょっぱいクリームソースこと"マヨネーズ"を発案されたのは、フレデリカ様にございます」
「はあ!? 冗談でしょ? さすがのボクも騙されないってか……あー、わかっちゃった。さてはキミたち、そう言いなさいって脅されてるンでしょ? オヒメサマのお相手は大変だねえ」
「いえ、そうではなく……」
「いーよお、ボクって察せるタイプだし? ホントのトコは、オヒメサマがいなくなってから教えてもらうから」
「いえ、ですから本当に……」
サミルがどうしたものかとたじろいだその時、
「本当に! フレデリカ様がお作りになったのですっ!」
ガタリと椅子から立ち上がり発したのは、さきほど一緒にメレンゲクッキーを作ってくれた火蜥蜴だ。
よほど勇気を振り絞ってくれたのだろう。
彼が必死に握りしめた両手は細かく震えていて、目元はうっすら滲んでいるように思える。
セインは面食らったように目を丸めたけれど、ハッとしたようにして、「あーうん、わかったわかった」とへらりと笑んだ。
(わあ、適当にあしらっているのバレバレ……)
まあ、セインは実際に調理現場を見ていない。
頑張ってくれた彼には申し訳ないけれど、これまでのフレデリカの性格的にも、信じてもらえないのも仕方ないからなあ、とこの場での説得を放棄した刹那、
「そうです! フレデリカ様が教えてくださったんです!」
「俺達には、こんなソース考えつきません!」
「フ、フレデリカ様はお優しいです! 誓って脅されなどいません……っ!」
(みんな……)
次々と立ち上がった火蜥蜴たちが、声を上げて私の潔白を主張してくれる。
さすがのセインもたじろいだようにして、「ええ~~」と戸惑っているけれど、やっぱり疑念は拭えないよう。
(皆の気持ちは嬉しいけれど、そろそろ止めないと収拾がつかなくなっちゃいそう)
わかってくれる人が、わかっていてくれればいい。
制止の声を上げようとしたその時、隣のナーラがすっと立ち上がった。
「シドルス様のご見解ですと、高熱により心身ともに極限状態に陥ったことで、新たな能力が開花した可能性が高いとのことでした。私共の言葉が信じるに足りないようでしたら、シドルス様にご確認くださいませ」
すると、セインは「ふうん」と顎先に手を遣り、
「あの堅物ちゃんの名前まで出てくるなんてねえ。うん、ちょっと興味沸いた。ねえ、オヒメサマ。ちょーっと確かめさせてもらいたいンだけど、協力してくれる?」
「……私は、何をすれば」
「そんなに警戒しないでよ。とーっても簡単なコトだし?」
にこりと笑んだセインは、「"マヨネーズ"、だったっけ?」と視線をサンドイッチに移し、
「これの材料を机に並べて、作り方を教えてくンない? もちろん! 他の子に手助けしてもらったらダーメ」
語尾にハートが見えそうな口調で、パチリとセインがウインクを一つ。
あまりに自然なハマりっぷりに、リアルセインすご……なんて感心してしまうけれど、ぼんやりしている場合ではない。
(これで納得してもらえたら、セインも少しは私を認めてくれるかも)
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