第15話決め手はマヨネーズなのです

「そうね。今回はあなたにお願いするわ。大変だったら、途中で交代してもらって構わないから」


「は、はい! ありがとうございます、フレデリカ様っ!」


 嬉し気に顔を輝かせた火蜥蜴は、卵白入りのボウルをまるで赤ちゃんを抱えるようにして大切に調理台まで運んだ。

 泡だて器を手に、ふうと薄く息を吐くと、表情を引き締めて泡立て始める。

 ほんの数十秒ほどで、とろっとクリーム状になってきた卵白。


「……こ、この程度でしょうか?」


「ええ、完璧よ」


 すごいのね、と感動を口にしながら、卵白にお砂糖をざらっと投下。

 また混ぜてもらって、もったりしてきたら、もう一度砂糖を加えて。

 今度はしっかり角がたつまで混ぜたら、生地の出来あがり!


「すごいわ、こんなに早く出来てしまうなんて。力があるのね」


「えへへ、繊細なことは苦手ですが、単純な作業は得意なんです」


 照れている姿に癒されながら、二人でスプーンを使って油を塗った鉄板に白い塊を落としていく。

 ポトン、ポトン。

 単純作業は得意だと言っていた通り、彼は次々と等間隔に白い丸を描いて行く。


「あとは、表面が乾燥するまでオーブンで焼いたら完成よ。昼過ぎのティータイムに丁度いいんじゃないかしら」


「は、はい! ティータイムには、こちらのメレンゲクッキーをご用意させていただきますね」


 楽しみね、と彼と揃ってにこにこしていたら、


「フレデリカ様」


「わあ、びっくりした」


 にゅっと眼前に現れたサミルの顔。

 口元を覆って叫び出しそうなのを耐えた私に、サミルは苦笑交じりに「すみません、驚かせてしまいましたね」と顔を退け、

 

「サンドイッチも完成したようです。少し早いですが、お昼にされますか?」


「そうね。パンが乾燥してしまう前の方が美味しいもの。皆の感想も聞きたいから、ここで一緒に食べてもいいから?」


「ええ、俺達は構いませんよ」


 了承を返してくれたサミルの指示で、お父様たちにも少し早い昼食が運ばれていった。

 せっせと片付けにあたる火蜥蜴たちは、本当に手際がいい。

 あっという間に片付けると、切り分けた二種類のサンドイッチと、器に盛られたスープが調理台に並んでいく。


 私も手伝おうとしたら、サミルに「フレデリカ様はこちらです」と椅子に座らされてしまった。

 おまけにナーラが甲斐甲斐しく紅茶を注いでくれるから、席を離れるわけにもいかない。

 ありがたく休みながら、配膳を待つ。


(なんだか、前世の給食を思い出すなあ)


 並んだ背の低い机の上に、せっせと運ばれていく給食。

 やってきた小さな子供たちがそれぞれの席について、「いただきまーす」と手を合わせて食べてくれる。


 ある子は笑顔で、ある子は、顔をしかめて。

 苦手なのだろう食材もぱくっと一口食べてくれると、頑張ったね! と拍手を送りたい気持ちでいっぱいだった。


(そういえば、レスターって苦手な食べ物ってあるのかな?)


 うっかりしていたけれど、苦手な食べ物を出してしまったら、嫌われてしまうのでは?

 逆に好きな食べ物があれば、それを作って好感度アップも――。


「フレデリカ様、いかがなさましたか?」


「あ……ねえ、ナーラ。お父様って、嫌いな食べ物ってあるのかしら?」


 と、眼前にことりとお皿が置かれた。サミルだ。

 サミルは話を聞いていたようで、「そうですねえ」と思い出すようにして宙を見遣りながら、


「今のところ、お出ししたお食事に対して改善を命じられたことはありません。特定の食材や料理をもっとお出しするようお話されたこともありませんので、我々の誰もが知り得ないかと」


「そう……なの」


(そもそも食事に興味がないくらいだもんなあ)


 好きとか嫌いとか。

 レスターの場合は、それ以前の話なのかもしれない。


「そうです。フレデリカ様が直接お尋ねになられてみてはどうでしょう? フレデリカ様にでしたら、お答えになってくれるかもしれません」


(ううーん……それは、どうかなあ)


 教えてもらえそうな確率は、サミル相手よりも低そうだけれど。


「……そうね。もう少し仲良くなれたら、聞いてみるわ」


「フレデリカ様……」


 さ、食べましょう! と。

 笑顔でサミルを見上げると、ちょっとためらったようにしながらもサミルが「そうですね」と笑んでくれる。


 せっかくおいしそうなご飯の前なんだもの。

 沈んだ気持ちのままじゃ、もったいない!


 ベーコンのサンドイッチを手に取って、小さな口を出来るだけ開けてはくりと食む。


「ん! おいしい!」


 シャキシャキで瑞々しいレタスと、ジューシーなベーコン。

 トマトの酸味がベーコンの油をさっぱりと食べやすくしてくれて、噛みしめれば塩気のあるチーズのコクが淡泊な穀物パンを食べ応え抜群にしてくれる。


(それに、なんといっても――)


「フレデリカ様……っ」


 呼ばれて眼前のサミルを見遣ると、


「"マヨネーズ"とは、なんとも不思議な調味料ですね……! ほんのりとすっぱいのにどこか甘さもあり、まろやかなソースがパンにも野菜にも絡んでしっかりと味が行きわたります……!」


 興奮気味なサミルの後方では、火蜥蜴たちも感動の声を上げている。

 ポタージュも大好評のよう。


「よかった、口に合ったみたいね。ナーラはどう?」


 隣に座るナーラを見遣ると、その手にあるのはすでに二つ目のよう。

 モグモグと頬を動かしたナーラは暫くして、


「私はたまごが入っているものほうが好みです。滑らかになったゆでた卵の黄身と、白身がぷちぷちとするのが面白いです」


(ナーラ、本当に喜んでくれてる)


 頬を上気させながら、再びサンドイッチを食んでもぐもぐと口を動かすナーラの可愛さったら!

 私の卵サンドもあげちゃおうかなあ、なんて過った刹那。


「――今日の調理担当って誰!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る