第14話お父様のためのサンドイッチ

「ここに、少しずつ植物油を加えて……はい、サミルお願い」


「了解です」


 チャカチャカチャカ。


「また少しだけ油を追加して……はい、サミル」


「任せてください」


 チャカチャカチャカ。


「うーん、もう少し必要かな。追加で入れて……はい、お願い」


「完成が楽しみですね」


 チャカチャカチャカ。


(サミル、ブレンダーより早いかも……!)


「これで完成よ。もっと時間がかかると思っていたけれど、サミルって凄いのね。腕は痛くない?」


 尊敬の眼差しで見上げると、サミルは照れくさそうに頬を掻いて、


「フレデリカ様にお褒めいただけて光栄です。これでも厨房のとりまとめを仰せつかっている身ですし、この程度の作業はなんてことありません」


「頼もしい限りだわ」


 感動に思わずパチパチと拍手をした刹那、


「フレデリカ様」


「! ナーラ」


 ぬ、と眼前に現れた彼女の名を呼ぶと、


「ゆで卵の殻、剥き終わりました」


「わあ、こっちも早いのね。そうしたら卵をボウルにいれて、細かくなるまでフォークで潰してほしいのだけれど……」


「私にお任せください」


「え? ナーラが潰してくれるの?」


「はい。潰すだけならば、私でも可能です」


(ナーラがこんなに積極的だなんて、お料理の楽しさに目覚めたのかな?)


「それじゃあ、お願いするわね。量が多いから誰かと分けて――」


「必要ありません」


 途端、シャキンという効果音が聞こえそうな姿でナーラはフォークを構えると、すうと息を吸い込み……。

 シュタタタタッ!


(手の動きが早すぎて残像が見える……!)


「細かくとは、この程度でよろしいでしょうか」


「もう出来たの!?」


 ボウルを覗き込むと、丁度良い程度まで潰れた卵たち。


「ナーラ、あなたってとてつもない能力を秘めていたのね……!」


 興奮気味に見上げると、ナーラは満足げな顔で軽く頭を下げ、


「フレデリカ様をお守りする者として、当然にございます」


 当然。当然、なのかあ。

 少しばかり引っかかるけれど、誇らし気なナーラが可愛いからいいか。


 厨房担当ではないナーラの華麗な手腕に驚いたのか。

 珍しく硬直しているサミルからマヨネーズのボウルを受け取って、卵に三分の一程度を投入する。

 ブラックペッパーをがりがりと足して、木べらでさっくりと混ぜ合わせれば……。


「これで材料がそろったわ」


 スライスした穀物パンの片面にバターを塗って、レタスにチーズ、ベーコン、トマトを乗せたら、マヨネーズを。

 最後にパンをもう一切れ乗せれば……。


「うん、こっちは完成! それと、今回はもう一つ」


 同じくバターを塗ったパンに、ナーラに潰してもらった卵にマヨネーズを混ぜた具を広げ置いて、もう一枚のパンでぎゅむ。


「うん、卵のサンドイッチも完成! 簡単でしょ? 皆も作ってみて」


 ワイワイと作業台に並んだ火蜥蜴たちが、私の真似をしてどんどんサンドイッチを作っていく。

 ナーラも「挟むだけでしたら」と、真剣な顔で重ねている。

 野菜がズレるのが気になるらしい。


(ナーラの仕事はいつも丁寧だものね)


 微笑ましい気持ちで見守っていると、サミルは完成したサンドイッチを眺めて、


「パンに食材を挟む料理があるなんて……。フレデリカ様、これはナイフとフォークをお付けしたらよろしいのでしょうか?」


「ううん。それはそのまま手で持って食べるのよ」


「このまま食べて良いのですか!?」


「そう。手軽でいいでしょ? ……これなら、お忙しいお父様も食べてくれるかもしれないって思って」


 サンドイッチは、作業を中断せずに食べるための方法として生まれた料理。

 忙しいレスターも、これなら一口くらい齧ってくれるかも。

 そんな期待を込めて選んでみた。


「フレデリカ様……」


 サミルはぎゅっと眉根を寄せると、私と視線を合わせて微笑む。


「レスター様にもきっと、フレデリカ様のお優しい心が伝わるはずです」


「ふふ、そう願うわ」


「あの、フ、フレデリカ様」


 火蜥蜴のひとりが、卵白の入るボウルを抱えて尋ねてきた。


「こ、ちらは処分してしまって、よろしいでしょうか?」


「あ、待って。捨てるのは勿体ないから、これはお菓子にしちゃいましょう」


「ですが……パウンドケーキを作るには、卵黄も必要なのでは」


「ちょっと工夫すれば、卵白だけでも美味しいパウンドケーキが作れるけれど、今回は"メレンゲクッキー"を作ってみない?」


「メレンゲクッキー……」


 きょとんとした顔をする火蜥蜴に「ええ」と頷いて、


「すっごく簡単なお菓子なの。その卵白を白くふわっとするまで泡立ててほしいのだけれど……」


 と、その瞬間、


「フレデリカ様! 私にお任せを!」


「いいえ、僕に!」


「俺だ! 俺が完璧に仕上げてみせます!」


(わあ、皆、元気いっぱい)


 あちこちからの立候補者に戸惑っていると、卵白のボウルを抱えた火蜥蜴が、


「お、俺が最初にお聞きしたんだ! 俺がやる!」


(厨房担当の火蜥蜴たちって、お料理が大好きな子ばっかりなんだね)

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