第12話エプロンが欲しいのです
レスターとの食事会で疲れたからか、まだ身体が本調子に戻っていないからか。
翌朝はぐっすりと寝てしまい、朝食の準備に間に合わなかった。
いつもより遅い身支度を手伝ってくれたナーラが食堂に用意してくれた朝食は、野菜スープと焼いたベーコン、リベイクされたパン。
なんたる豪華さ。なんたる美味しさ。
ありがたく胃におさめて、厨房の火蜥蜴たちに挨拶をしてから、シドルスを探すことにした。
部屋には不在だった彼は、執務室にいた。レスターの姿はない。
快く迎え入れてくれたシドルスは、私にソファー座るよう促してくれる。
「お茶でも淹れましょうか」
「ううん、すぐに戻るから大丈夫よ。それでね、シドルス。これなのだけれど……」
私が差し出したワンピースを見ると、シドルスは即座に「了解しました」と笑んで、
「この服に防火魔法をしておきますね」
さすがは魔王の右腕。話が早い。
(これなら、エプロンの件も許可してくれるかも)
私は期待を胸に「それとね」とシドルスを見上げ、
「お料理のたびに服を着替えるのも大変だから、できたら私もエプロンが欲しいのだけれど……仕立ててもらってもいいかしら?」
「エプロン、ですか……」
途端に渋い顔をするシドルス。
(エプロンを仕立てるのって、この世界だと簡単なことじゃないのかな)
「ごめんなさい、難しいようだったら無理にとは……」
「いえ、エプロンを仕立てること自体はなんてことありません。ですが……」
シドルスは厳しい表情でぐっと目をつぶると、
「フレデリカ様に、エプロンなぞをお渡しして良いものかどうか」
「……はい?」
「だってフレデリカ様、エプロンですよ? あれは使用人や平民が身に着けるものであって、他者を従えるべき立場にあるお人が必要とするものではありません。人間のご令嬢ですら無縁の代物ですのに、魔王たるレスター様のご息女であるフレデリカ様にお渡して、無礼に値しないものかどうか……っ」
(思考がお貴族様……!)
言われてみれば貴族のご令嬢は、料理なんてしないのだっけ。
前世でエプロン使い放題だった私からすれば、布一枚で大袈裟な、とも思うけれど。
それだけシドルスは真剣に、フレデリカの立場を考えてくれているってことだろう。
「心配してくれてありがとう、シドルス」
シドルスの気持ちは素直に嬉しい。
私は感謝に微笑んで、
「私は平気よ。使用人のようだと思われたとしても、お料理がしたいのだもの。昨晩の夕食は食べてくれた?」
「! やはり、あれらもフレデリカ様がお作りになられていたのですね!」
「厨房の皆に手伝ってもらっているから、全てが私の手作りってわけではないけれど」
「だとしても、レシピを伝授なさったのはフレデリカ様なのですよね? 野菜スープもですが、初めて食事に感動しました……! どれも素晴らしかったですが、なんといってもあの柔らかくジューシーな肉! リンゴとバターのソースが肉に合うなんて……ああ、今でもあの美味さが忘れられませんっ」
昨晩を思い出しているのか、ぽわぽわと宙を見つめながら興奮気味に語るシドルス。
私は「気に入ってもらって良かったわ」と笑み、上目遣い気味に見上げ、
「もっともっと色んなお料理を作ってみたいの。だからどうしても、エプロンのほうが助かるのだけれど……」
「わかりました。即刻用意させます」
先ほどまでの渋り顔はどこへやら。
シドルスはキリッとした顔つきで承諾してくれた。
言質はとった。ならば気が変わる前に、退散すべき!
「ありがとう、おねがいね」
私は礼を告げて、そそくさと部屋を後にする。
なんとか目的を達成できてよかった。
廊下を進みながらふう、と安堵の息をついた私に、ナーラは少し考えるようにして、
「フレデリカ様はエプロンをお召しになっても、お仕えすべき大切なお嬢様にございます」
「ふふ、ありがとう、ナーラ」
エプロンゲットの見通しはたったし、ナーラは優しいし。
なんていい日だろうと、るんるん気分で厨房に向かう。
すっかり見慣れた扉をノックすると、サミルが「ようこそ、フレデリカ様」と爽やかな笑顔で開いてくれた。
「ありがとう、サミル。今日もお邪魔していいかしら」
「もちろんです。失礼ながら、フレデリカ様がお越しになるのを、皆で心待ちにしていました」
その言葉を証明するかのように、他の火蜥蜴たちが「おかえりなさいませ、フレデリカ様!」「本日も楽しみです!」と口々に歓迎してくれる。
厨房の様子を見るに、朝食の片付けはすっかり済んでいるよう。
調理台もピカピカに磨かれている。
「昼食の仕込みをしても平気かしら?」
訊ねた私に、サミルは「もちろんです」と頷いてから、
「あ、そうでしたフレデリカ様。昼食といえば、先にお伝えしたいことが」
「どうかしたの?」
サミルは残念そうに眉尻を下げると、軽く膝を折り私と視線を合わせ、
「レスター様はご多忙のため、昼食をお持ちしても手をつけられないことがよくあります。ですので食べていただけずとも、料理の良し悪しとは関係なくよくあることだとご理解ください」
(あ……私が落ち込まないようにって、気を遣ってくれたんだ)
「わかったわ。ありがとう、サミル」
了承を返した私に、サミルがほっとしたような笑みを零す。
彼は気を取り直すようにして立ち上がりながら、
「では、昼食の仕込みでしたね。何をご用意いたしましょうか」
「ええと……」
(レスターの事情はわかったけれど、せっかくなら食べてもらえる"可能性"が高いほうがいいよね)
多忙で食べられない人に、食べてもらえそうな料理。
「それじゃあ……」
お願いした食材が、続々と調理台に並べられていく。
昨日同様に借りたエプロンを身に着けた私は、すべて揃ったのを確認して、火蜥蜴たちに宣言した。
「カボチャのポタージュと、サンドイッチを作ります」
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