第11話魔王なお父様の討伐を阻止したい
五歳の誕生日の時だって、そうだった。
初めて叶った、レスターとの食事。
普段はろくに顔も合わせてくれないレスターが、自分の願いを聞き入れてくれた嬉しさ。
フレデリカはこれまでで一番の幸せに包まれ、舞い上がっていたのだけれど。
こんな浮かれようではレスターの……"魔王の娘"として適さない、と。
レスターに不快に思われないよう、想像しうる大人な"令嬢"であろうとした。
だからフレデリカは、嬉しい気持ちを必死に押しとどめ、すまし顔で食事をとった。
レスターの様子を伺いながら、近頃得た知識を披露してみせて、自分がどれだけ勤勉で優秀な"娘"なのかをアピールしてみたり。
文字通り口に合わない食事を残し、"高貴な令嬢"らしく「もっと精進することね」と火蜥蜴たちを睨んだりもした。
全部、レスターに少しでも認めてもらいたいがための努力だった。けれど。
(結果的に、レスターには"機嫌が悪い"って思われてたんだ……)
せめて、誰か。
フレデリカの気持ちに寄り添い、別の方法を提案してくれる人が側にいたら、フレデリカとレスターはすれ違わずに済んだのかもしれない。
(フレデリカには世話をしてくれる存在はいたけれど、教育をしてくれる人はいなかったものね)
お父様に愛される娘になりたい。
フレデリカのたった一つの願いは、魂が"私"に変わってしまった今でも、この胸に強く焼き付いている。
「……お父様」
私はナイフとフォークを置いて、レスターを見上げる。
レスターもまた手を止め、私をちゃんと見てくれた。
嬉しい。その気持ちを隠すことなく、頬に乗せて笑む。
「本日は私の我儘にお付き合いくださり、本当に、ありがとうございました。一緒にお食事ができて、楽しかったですわ。……また、こうしてご一緒できますと、うれしいです」
***
(なんか、思ってたよりも怖くなかったかも)
レスターとの夕食を終え自室に戻ってきた私は、ベッドにぽすんと倒れ込んで前世の記憶とすり合わせる。
この世界における"魔王"の成り立ちは、少々複雑だ。
三百年ほど前までは、魔境を統べていた魔王ディルムと、隣接国であるメイネス王国の女王イルザの関係は良好で、両者は共に協力しながらこの特殊な二国を治めていた。
けれども反魔族の一派が他国の協力を得て、謀反を起こし。
女王イルザの一族は制圧され、"魔族に魅入られた魔女"として斬首されてしまう。
そうしてメイネス王国の実権を握った反魔族の一派から、新たな王が選出された。
彼らは国を挙げた魔王の討伐を企てるも、それまで沈黙を保っていた魔王ディルムが黒竜と魔族を率いて、メイネス王国に攻め入って来た。
王は急ぎ聖剣を扱える"勇者"を探し出し、聖教会を招集して召喚の儀を決行。
現れた聖女と勇者は力は合わせ、魔王を討伐し黒竜を封印。
メイネス王国は平和を取り戻した。けれども。
(三十年ほど前に、黒竜の封印が解けた)
王は過去の記録にのっとり、聖剣に選ばれし"勇者"を探し、聖女召喚の儀を執り行う。
しかし、勇者は無事見つかるも、召喚の儀は失敗。
何度試みようと、聖女は現れなかった。
これ以上は待てない。そう判断した王は勇者一行を、聖女不在のまま黒竜の討伐に向かわせた。
が、力の差は歴然。
このままでは勇者一行は全滅。国に攻め入られるのも時間の問題かと思われたその時、王と聖教会は、ある可能性に辿り着いた。
黒竜は魔王と主従関係にある。
ならば、"誰か"が魔王となれば、黒竜を制御できるのではないか。
そしてその"誰か"として選ばれたのが、聖剣を扱えるほど卓越した魔力を持つ勇者、レスターだった。
(つまりレスターは魔王だけれど、元勇者ってことなんだよね)
国の平和か、"人間"としての生か。
前者を選んだレスターは聖剣を介した主従契約の儀を行い、黒竜の魔力を取り込み"魔王"化に成功。
従魔と化した黒竜を再び眠りにつかせ、以来、この魔王城で魔族を統治しながら、静かに暮らしている。
「なのにどうして……黒竜の封印を解いたんだろ」
そのほとんどを聖女リサの視点から書かれた原作小説では、レスターが黒竜の封印を解いた理由は明確にされていなかった。
読者である私達が知る情報は、魔王レスターが黒竜の封印を解き、活性化した魔族たちが"黒翼の森"を越え、メイネス王国の人々を襲うようになったという"説明"だけ。
(うーん、元は侯爵家の三男で勇者だったわけだし、"魔王"としての生活に嫌気がさしたとか?)
それとも、そもそも明確な理由などなくて。
"物語"のキャラクターとして、聖女リサに焦がれ、その愛のために討伐されるという悲劇的な運命を"演出"するための設定だったり……?
「……仲良く、なりたいなあ」
レスターはまだ、フレデリカを視界にいれたくないほど嫌っている、というわけではないみたいだし。
それどころか、おそらく原作ではなし得なかった会話にも成功した。
食事も全て平らげてくれていたから、私の料理が口に合わないこともなさそう。
レスターが黒竜の封印を解き、討伐されるまで、あと六年。
挽回のチャンスはたっぷりある。
必ず本当の"魔王の娘"になって、あの悲しくて辛い結末を回避してみせる……!
「みててね、フレデリカ」
そっと右手を眼前に掲げ、語りかける。
愛らしい小さな子供の手。
傷ひとつない滑らかな掌に、脳裏にこびりついたあの夢の、必死に伸ばされたフレデリカの手が重なる。
「私を選んでくれたんだもの。大好きなお父様のことも、絶対に諦めないわ」
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