第9話魔王なお父様とディナーです
緊張で逃げだしたくなるなんて、いったいいつぶりだろう。
不安でたまらない。
だけど、生き残るためにはやるしかない。
大丈夫。
ナーラ渾身のドレスアップで、こんなにも可愛らしくしてもらえたのだし。
(でもちょっと、やり過ぎたかな……)
赤いドレスはレスターの瞳を、髪につけた黒い花のコサージュはレスターの髪の色を意識した。
前世ではご令嬢でもなければ今世でもろくに貴族事情などわかっていない私の、相手の"色"を意識したコーディネートは、それこそ異世界系小説の受け売りだけれど。
ナーラに「とってもよくお似合いです」と拍手までもらったから、きっとおかしくはないはず!
(絶対ぜったい好感度をアップさせないとなんだもの。これくらいしなきゃ!)
「――ナーラ、お願い」
頷いたナーラが、食堂の扉を開く。
私は数歩を進んで入室すると、前世の記憶をたよりにスカートの両端を持ちあげ、軽く膝を折ってみせた。
「お久しぶりにございます、お父様」
背を正し、顔を上げ。
一人でダイニングテーブルにつくその人を見つめた私は、全力でにっこりと。
「お夕食、ご一緒してもよろしいでしょうか」
「…………」
堅い表情のまま、じっと見つめる赤い瞳。
(ほ、ほほほほほんとにレスターだ……!)
赤子のフレデリカを拾った、義理の父親的存在。
そしてなんといっても、小説『白き聖女は黒翼を制す』に登場する、ラスボスともいうべき魔王……!
(どうか動揺しているのがバレませんように……!)
ドッドッドと胸を打つ心臓の音は響いていないだろうか。
気まずい沈黙に耐えながらも微笑みをキープし、返答を待っていると、
「……好きにしろ」
(許可が、出た……!!)
いや、許可が出て良かったのだけれども。
どうにも小説のイメージが強いから、もっと嫌そうにされると思っていた。
(まだこの頃は、そこまで嫌われてなかったのかな)
「ありがとうございます、お父様」
にっこりと嬉しさを前面に押し出して微笑み、出来るだけお行儀よくダイニングテーブルへと歩を進め、レスターの対面の席に腰かける。
レスターの手元に食事はまだ、ない。
サミル達に「お父様と夕食をご一緒できないか、突撃してみようと思うの」と話しておいたから、待っていてくれたのかもしれない。
その答え合わせをするかのように、食事が運ばれてきた。
真っ白でお上品なお皿に盛られた野菜とベーコンたっぷりスープと、レモンドレッシングのかかったサラダ。
お父様から尋ねられるまでは、私が料理を始めたことは内密に。
いつも通り、平然と給仕をしてほしいと頼んだ私の意志を汲み、サミルも、他の火蜥蜴たちもすまし顔でお料理を置いて行く。
(どう!? レスター!)
ちらりと見遣ったレスターは、感情のわからない真顔のまま二つの皿を見つめている。
サミルたち火蜥蜴も、シドルスも。見た目と香りからして美味しそうだと目を輝かせてくれていたのに、レスターは眉ひとつ動かない。
(やっぱり手強い……!)
いただきます、と言ってしまいそうになるのをなんとか押しとどめ、スプーンを持った私はスープから口にする。
(ん~~~! 緊張でこわばったお腹に沁み込む……!)
しっかり煮込んであるから、野菜もトロっと熱々!
ふうふうと小さく吹いて冷ましながらお腹を温めて、今度はフォークを手にサラダをはむり。
(うん! さっぱりレモンが新鮮なお野菜とすっごく合う!)
ぴりっとしたブラックペッパーもアクセントになって、みずみずしいお野菜が引き締まる!
(って、いけない。食べるのに夢中でレスターの反応見るのすっかり忘れてた……!)
ぱっと顔を上げると、レスターと視線がぶつかった。
ひえ、と思わず頬がひきつった私に気が付いたのか、否か。
レスターは自身の皿へと視線を落としたかと思うと、スプーンを持ち、スープを口に含んだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
(わ、分かりづらい……!!)
いちおう、食べる手は止まっていないから、口に合わなかったわけではないと……思う。
続いてサラダへと手をつけるレスターの反応も、変わらず。
(さすがはラスボスな魔王様。そう簡単にはいかないなあ)
レスターに不信に思われないよう横目で伺いながら食べ進めていると、再びサミルたちが現れた。
「メインディッシュとパンをお持ちいたしました」
(き、きた!!)
コトリと置かれたメインプレートに乗るお肉に、レスターの肩がピクリと揺れる。
(少しは驚いてくれたかな)
だってこれまでは塩、胡椒で焼かれただけのお肉ばかりだったけれど。
このステーキには、すりおろしたりんごにバター、白ワインを混ぜ、お砂糖と塩で調節した、洋風ソースがかかっているのだもの。
(香りからしておいしそう……!)
レスターはまだ手をつけないようだから、サラダとスープ同様、私が先に手をつける。
ナイフを入れると、じゅわっとにじむ肉汁。ソースをつけて口に含むと、リンゴの爽やかな甘みと濃厚なバターがお肉と絡まる。
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