第8話ドレッシングと魔王城の調理事情
「オリーブオイルに、塩と砂糖が馴染むまでかき混ぜて……サミル、このレモンを絞って入れてもらってもいいかしら?」
「あ、はい。レモンですね」
サミルはトン、と半分に切ったレモンをボウルの上で持ち、ぐっと力を入れて絞ってくれる。
まるまる二つ分を絞ってもらって。
「ありがとう、サミル」
(種は邪魔になるからすくい取ってっと)
そしたら、お水を混ぜて濃さを調整。
味見をして、ブラックペッパーを加えて……。
「うん、よさそうね」
「フレデリカ様、それは……?」
「これはドレッシング。火を通さず食べられる葉野菜や根菜にかけて食べると、とってもおいしい……らいしの」
フレデリカの記憶に"サラダ"はないけれど、小説ではリサの食事シーンに登場していた。
だからおそらく、サラダ向きの生で食べられる野菜自体は存在しているはず。
そう考えて、「火を通さずそのまま食べられる野菜をいくつか持ってきてもらえる?」と頼んでみたのだけれど。
(やっぱり)
調理台に並べられた、見覚えのある野菜たち。
(これはリーフレタス、こっちはレッドケールのベビーリーフ……かな? あ、ラディッシュもある!)
葉野菜は綺麗に洗って、食べやすい大きさにちぎってザルの中へ。
蓋をするようにしてボウルを被せて振ると、サラダスピナーがなくても水が切れてシャキっとする。
ラディッシュを薄切りにして軽く混ぜれば、うん、色合いも綺麗!
「ドレッシングは食べる直前にかけるの。そうじゃないと、野菜がしなしなになってしまうそうよ」
火蜥蜴たちは「へえー」と感心したような声を出すけれど、その目は興味深々といった風にしてドレッシングに注がれている。
……うん、だよね。
「皆で、というわけにはいかないけれど、何人か味見してみる?」
途端、わっと沸き立つ火蜥蜴たち。
俺が! 私が! と主張する彼らに、サミルが「静かに!」と鋭く発する。
「俺と、前菜担当のヤツらが代表だ。フレデリカ様、三人分頂いてもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
小皿にサラダを少し入れて、ドレッシングをかけ軽く混ぜる。
「どうぞ」
ありがとうございます、と受け取ったサミルは他の二人とじっくりサラダを観察して、揃って葉野菜を指でつまみ、口に入れた。
「! これは……っ!」
「レモンをしっかり入れたのに、あの強烈な酸味が爽やかな風味に変わっています……!」
「ほのかな甘さと食欲を掻き立てる塩気の中でも、ブラックペッパーがアクセントになって味を引き締めてくれています!」
「火を通していないというのに、野菜の青臭さがこんなにも気にならなくなるなんて……。これが、"ドレッシング"というのですね」
「あ、でも、ドレッシングというのは組み合わせ次第で何種類もあるの。こうして生の野菜にかけて食べるためのソースを"ドレッシング"と呼ぶのよ」
「こんなにも繊細で美味なソースが何種類も……!?」
驚愕するサミルと火蜥蜴たちの様子に、私は微かな違和感を覚える。
サラダもそうだけれど、ドレッシングも名前こそ出ていなかったとはいえ、小説での描写から察するにリサは王城で口にしていた。
つまり、この世界でも存在しているはずなのだけれど……。
「ねえ、サミル。皆はどうやってお料理を学んだの?」
「俺達は主に、シドルス様からの知識になります」
「……え?」
「本来、魔族は調理を必要としません。ですが"元人間"であらせられる魔王様には、調理した食事をとるという文化があります。そのために我々、火蜥蜴が存在します。魔王様の魔力にて人型を取り、与えられた役割をこなす存在。そして我々は今代の魔王、レスター様によって姿と役割を与えらえました。ですので、レスター様の望む料理をお聞きし、学び、振舞うのが通例なのですが……。その、レスター様は、あまり食事というものに関心が薄いようでして」
(ああー、納得……)
小説の中でも、蝶が好きだ花が好きだと愛らしく語るリサに対し、"謎の冒険者"として接触していたレスターが「何かを特別だと感じたことはない」と打ち明ける場面がある。
だからこそ、ラストのリサへの執着が唯一の"特別"として、引き立つわけだったけれど。
(まさか、裏ではフレデリカにまで被害が及んでいたなんて……)
「……それで、シドルスがお料理の指南を?」
「ええ、シドルス様も元人間でいらっしゃいますし、レスター様のことは魔族の誰よりも一番にご存じですので、ご相談させていただいたのです。レスター様からご不満の声をいただいたこともありませんでしたので、以来、我々はシドルス様に教えていただいたものを中心にお出ししていました」
……なるほど、ねえ。
元々護衛騎士だったシドルスに、料理の知識があるとは思えない。
だから自分の食べていた、あるいは、侯爵家の三男だったレスターのとっていた食事の中で、自分でもわかるメニューを火蜥蜴たちに教えたってことだろう。
(それで毎日毎日、お肉が中心のガッツリメニューに……)
納得した私は、「それじゃあ」と肩をすくめて微笑む。
「せっかく私に料理の知識が目覚めたのだから、一緒に色んなお料理を作りましょう」
「! よろこんで」
嬉し気に微笑むサミルの後方から、「もちろんです!」「よろしくお願いいたします!」と飛び交う火蜥蜴たちの声。
なんだか嬉しくて「よろしくね」と笑むと、
「フレデリカ様。私もご協力させていただきますので、何なりとお申し付けください」
ずいと現れたナーラに、私は心がぽかぽかするのを感じながら「ありがとう」と笑みを深めた。
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