第7話お肉をリンゴに漬けましょう

「ところでナーラ、私っていくつだったかしら?」


 自室にてシドルスに防火魔法を施してもらう、ワンピースの選別中。

 ベッドに並べた装飾のない、シンプルなワンピースから視線を上げ、ナーラに尋ねる。


「少し前に、十の誕生日を迎えられたばかりにございます」


(十歳……。討伐まで、猶予は六年ってことね)


 出自の分からない私の誕生日は、レスターに拾われた日になっている。


(ひとまず、出来ることをしよう)


 フレデリカには出来なかったけれど、"私"に出来ること。

 思いつくのはやっぱり、料理だと思う。


(美味しいものを食べると、自然と笑顔になれるしね)


 うん。シドルスや火蜥蜴たちの反応も良かったし、レスターも胃袋を掴む作戦にしよう……!


「そうと決まれば行動あるのみね!」


「フレデリカ様? お洋服はお決まりになられましたか?」


「ええ、これにするわ。でも……料理のたびに同じ服に着替えるのも面倒ね。私もエプロンじゃだめなのかしら?」


「シドルス様にお尋ねになってみてはいかがでしょうか。ご許可をいただけるようでありましたら、フレデリカ様ご専用のエプロンをお仕立てしましょう」


(あ……そうか。簡単に用意できるものじゃないんだ)


 迷惑かけちゃうかな、とも思うけれど、汎用性を考えるとやっぱりエプロンが欲しい。

 私は「そうね、相談してみるわ」と頷いて、早速とワンピースを手にシドルスの部屋に向かおうと城を歩いていると……。


「フレデリカ様」


 声をかけてきたのは、メイド姿の女性。

 髪の色と目の特徴から察するに、彼女も火蜥蜴のよう。

 彼女は恭しく低頭すると、


「シドルス様でしたら、レスター様のところにございます」


「あ……そうなのね」


(じゃあ、また後でにしようかな)


 今ならシドルスを理由にレスターに会えるのだろうけれど、嫌われているとわかっていて押しかける勇気はまだ持てない。

 教えてくれた彼女にお礼を告げた私は、「厨房に行ってもいいかしら」とナーラに告げて、行き先を変更する。


(今からなら夕食の仕込みに間に合うはず!)


「お邪魔してもいいかしら?」


 辿り着いた厨房の扉をコツコツと叩くと、慌てたような声とバタバタとした足音と共に、扉が開かれた。


「フレデリカ様!? いかがなさいましたか……っ!」


「忙しい時にごめんなさい、サミル。お願いがあって」


「なんでしょう?」


 私はぐっと両手を握り、サミルを見上げる。


「夕食を、作らせてほしいの……!」


「っ、夕食を、ですか?」



***



(さっき勢いでスープ作っておいてよかったー!)


 難なく厨房に入れてもらえた私はナーラに服を預け、るんるん気分で再びエプロンを借りて身に着ける。

 サミル達はすでに夕食の仕込みを初めていたけれど、手をつけていたのはまだスープだけだったみたい。

 そしてそのスープというのも、さっき私が披露したレシピで仕込んでくれているのだそう。


「フレデリカ様、ご所望の食材をお持ちしました!」


 調理台に並べてくれる火蜥蜴たちは、どこか得意気だ。

 やっぱり先ほどのスープが効いているようで、彼らは私が調理することに、かなり好意的なよう。


「わあ、ありがとう。真っ赤で美味しいそうなリンゴね。それじゃあ、一緒にこの皮を剥いて、すりおろすのを手伝ってもらえる?」


「承知しました!」


 火蜥蜴の青年二人と一緒に、くるくる皮を剥いて、リンゴをすりおろす。


(皆も食べたくなるかもだから、多めに作ったほうがいいよね)


 しょりしょりしょり、しょりしょりしょり。

 子供の小さな手でリンゴをすりおろしていると、じんわり手が痛くなってくる。

 握力が弱いからかな。


 なので手伝ってもらえるのは、素直にありがたい。

 んしょんしょとすりおろして、鍋にせっせと移していく。

 夢中で籠いっぱいのリンゴをすりおろしていると、


「フレデリカ様、こちらも準備が出来ました」


「お疲れ様、サミル」


 振り返って背後の調理台を見ると、ステーキサイズに切り分けられた、これまた真っ赤な牛肉。


(見た目はこんなにもおいしそうなのに、どうしてあんなにも硬いのかな)


 フレデリカの記憶では、夕食は決まって焼いた肉とローストベジタブル。

 さらりとしたスープに、カチカチのパン。

 デザートは果物かパウンドケーキな毎日。


 バリエーションのなさもさることながら、お肉がとにかく硬い……!

 子供のフレデリカには小さく切り分け何度も噛んで、すっかり塩気を感じなくなってからやっとのことで飲み込めるものだった。


「フレデリカ様、こちらも完了です!」


 リンゴのすりおろしも終わったみたい。

 私は「お疲れ様」と、鍋がすりおろされたリンゴとその果汁でひらひたになっているのを確認して、


「次は、切ってもらったお肉をこの中に……」


「ええ!?」


 サミルだけではない、いくつもの驚愕の声が重なる。


「リンゴに、肉を入れるのですか!?」


 明らかな焦りを浮かべるサミルに「うん、そう」と告げながら、私はせっせとお肉をリンゴに浸していく。


「リンゴにはね、お肉の繊維を柔らかくしてくれる成分がある……って、夢でみたの」


 その名も"リンゴ酸"!

 お肉の繊維を柔らかしてくれる効果があるし、リンゴはお肉のタレとしても活用できて、まさに一石二鳥!


 前世では醤油や焼き肉のタレと一緒に焼いたり、カレーに入れたりしていたけれど。

 ここには醤油も焼き肉のタレも、もちろんカレーもないから、ソースは洋風にしてみよう。


「……こんな感じかしら」


 お肉が満遍なく浸っているのを確認して、鍋に蓋をしておく。

 密閉袋で漬けるのが一番だけれど、この世界にはないから。


 サミルをはじめとする火蜥蜴たちが不安そうに鍋を見つめている隣で、私は次の作業に取り掛かる。

 サラダのドレッシング作りだ。

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