第6話魔王の右腕な黒魔導騎士様

「う、うまい……!! これが"スープ"なのですか!? これはもう完成されたメイン級の一食じゃないですか!!」


(火蜥蜴たちと同じことを言っている……)


 話しながらもガツガツとスープを咀嚼していくシドルス。

 オリーブオイルとパンの組み合わせを進めたら、こちらもお気に召したようで「最高です!」と食べる速度が上がっている。


(こんなに喜んでくれるのなら、もっと作ればよかったなあ)


 さすがにシドルスに厨房で食事をとらせるわけにはいかなかったので(主に火蜥蜴たちが委縮してしまうので)、彼には食堂に来てもらった。


 というのも、黒魔導騎士のシドルスは魔王軍四天王のひとり。

 それも、レスターが魔王の座につく前。まだ侯爵家の三男だった頃からの護衛騎士なのもあり、現在もレスターの右腕的存在なのだ。


(元々人間なのはフレデリカと同じなのだけれど、シドルスの場合はレスターに魔力を分け与えられただけじゃなくて、"血の契約"を結んでるんだよね)


 魔王となったレスターの血を取り込む、"血の契約"。

 この儀式によって、シドルスは半魔の状態になっている。


(半魔って言っても、火蜥蜴たちと違って見た目じゃほとんど分からないなあ……)


 しいていうのなら、魔族は外見年齢に人間とは差異が出るから、実年齢よりも若く見えることくらいかな。

 人間年齢なら四十代後半だったと思うのだけれど、どう見ても三十代に入ったか入っていないか程度にしか見えない。


 シドルスの隣に座した私はナーラに淹れてもらった紅茶を頂きながら、小説の情報とフレデリカの記憶を照らし合わせていると、


「驚きました。フレデリカ様にこんなにも卓越した料理の才があったとは」


 ぎくり。


「あ、ああと、目覚めたら急に作りたくなっちゃって……。熱で倒れた影響かしら?」


(いくら子供だとはいえ、言い訳にしては苦しいかな?)


 けれどもシドルスは真面目な顔で「なるほど」と思案するようにして、


「いくらレスター様の魔力をお持ちだとはいえ、身体的な構造は人間とほとんど変わらない状態のフレデリカ様には、とても危険な状態でした。なんとか持ちこたえてくださり幸いでしたが、一度極限状態に陥ったことで、新たな能力が開花したのかもしれません。さすがはフレデリカ様です!」


(そうだった……シドルスは小説でも唯一、フレデリカに好意的というか、ほとんど妄信的なキャラだった……!)


 よし、信じてくれるのなら、このまま誤魔化し通そう!


「それよりも、シドルス。私の熱が下がるまで、不眠不休で治癒魔法を施してくれていたと聞いたわ。本当にありがとう」


「いえ、俺が不甲斐ないばかりに即座に治癒できず、申し訳ありませんでした。それなのに、こんな、お手製のこんなに美味い食事までいただいてしまって……っ」


「泣かないで、シドルス。こうして私がスープを作れたのも、シドルスが頑張ってくれたおかげなのだもの」


「フレデリカ様……! なんだかお目覚めになられてから、とてつもなくお優しいというか、大人になられたというか……」


 ぎくぎくっ!


「そ、それも高熱の影響よ! とても苦しい思いをしたから、これからはもっと感謝を持って生きることにしたのっ!」


「そうでしたか……。本当に、ついこの間まであんなに弱々しい赤子でしたのに、途端に立派になられて……っ」


(シドルスってこんなに涙腺ガバガバキャラだっけ?)


 疑問を持たずに受け入れてくれるのは、ありがたいけれど。

 小説の聖女リサ視点で書かれていた"硬派な騎士"って印象とは、随分と違うっていうか……。


「に、してもフレデリカ様。もしかして、これからも料理を嗜むご予定ですか?」


「あ、えと、そうね。迷惑にならないのなら、ぜひともお邪魔させてもらいたいのだけれど……サミルに聞いてみなきゃ」


「なにをおっしゃるんです! わざわざ尋ねずとも、フレデリカ様相手に"邪魔"などあり得ません! そうですね、でしたら後程、調理器具に軽量化魔法を施しておきましょうか。それと、防火魔法を施した服も必要ですね」


「え? そんなことが出来るの?」


「ええ、この程度なら簡単なモノです。その代わりといってはなんですが、フレデリカ様」


 途端に表情を引き締め背を正したシドルスに、私も姿勢を正して「なにかしら?」と訊ねる。

 シドルスはそれこそ小説での描写に近い、魔王の側近である黒魔導騎士たるきりっとした顔で、


「またお料理をされた際には、何卒、何卒っ、俺にも分け与えてください……っ!」


 がばりと頭を下げるシドルスに、思わず面食らう。

 ぱちぱちと瞬いて、緊張の解けた私が「約束するわ」と微笑むと、顔を上げたシドルスは嬉し気に目を輝かせ、


「ありがとうございます! いやあ、幸運っていつどこに降ってくるか分からないものですね!」


「ふふ。シドルスにも気に入ってもらえて、嬉しいわ」


(これは、一歩前進なのでは?)


 作ったご飯を"おいしい"と言ってもらえるのは、もちろん嬉しいのだけれど。

 なんといっても、シドルスはレスターの右腕。

 これまで以上に"フレデリカ"に対して良い印象を持ってくれれば、レスターに私が変わったって話をしてくれたりで、間接的に好感度アップを狙えるかも……!


 そんな私の腹の内など知らないシドルスは、すっかり空になったスープ皿を名残惜しそうに見つめ、


「俺が今まで食べてたのは、ただの色のついたお湯ですね」

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