第4話火蜥蜴の料理人と野菜スープ
一度だけ。五歳の誕生日に、フレデリカはレスターと一緒に夕食を取りたいとだだをこねた。
そのかいあって、フレデリカは初めてレスターと夕食を共にしたのだけれど。
何を話しかけてもレスターからの返答は、「ああ」とか「そうだな」だけ。
レスターにとって、自分はただの厄介者なのだと。
痛感したフレデリカは以降レスターとの同席をねだることはなく、なんとかレスターに"娘"として認められたい一心で、魔力や体力といった戦闘力を向上させていった。
けれど……。
(魔王軍四天王のひとりになっても、レスターの愛は得られなかった……かあ)
うう、なんて可哀想なのフレデリカ……!
小説ではあんなに高飛車な悪女だったのに、語られていないところでこんなにも辛い思いをしていたなんて……!
(ともかく、フレデリカになってしまった以上、私はフレデリカとして生きるしかない)
そして小説通りに進めば、あと数年後には勇者とリサによって討伐されてしまう。
(無理。戦闘とか怖いし、痛いのも嫌だし、なによりあんな悲しくて辛い死に方したくない!)
そのためにも、なんとかして討伐フラグを回避しなきゃなのだけれど……。
(原作では魔王レスターが隣接するメイネス王国との和平協定を破り、封印された黒竜を目覚めさせたことで討伐対象となったはず)
なら、レスターに頼んで黒竜の復活を阻止すれば、討伐も回避できるんじゃ……。
「フレデリカ様!」
響いた声に振り返ると、コック服の青年が。さきほど片付けを引き受けると宣言してくれた青年だ。
彼は勢いよく頭を下げたかと思うと、顔を跳ね上げ、
「スープに火が通りました! よろしければ、ご確認いただけますでしょうか」
「え、もう?」
いくら煮込む前に軽く炒めているとはいえ、さすがに早いように思える。
と、ナーラが私の側に寄り、
「城の鍋類には、伝熱を早める効果のある魔法が付与されています」
「そんな便利な魔法があるのね」
いいなあ、そんな便利な魔法が前世にもあれば!
ナーラに椅子を引いてもらって立ち上がった私は、いそいそと厨房に戻る。
青年に開いてもらった扉をくぐった途端、半円状になり鍋を取り囲む火蜥蜴たちが一斉に振り返った。
「な、なにか問題が起きたのかしら?」
途端、火蜥蜴たちはさっと鍋から離れながら、
「いえいえいえ違います!! 私は大切なフレデリカ様のスープが噴きこぼれやしないかと見守りを……!」
「僕はもしも火が暴れたら即座に消せるようにと!」
「俺はあまりにいい匂いがするもんだから……!」
(あ、単に見守ってくれていただけなのね)
青年が「コラ! お前たち!」と叱咤しているのを「いいのよ」と宥め、鍋へと歩を進めた私は蓋を開けるためのミトンを探す。
「……ごめんなさい、蓋を開けたいのだけれどミトンはあるかしら? 布巾でもいいのだけれど」
「ああ、そういうことでしたら」
青年が側に立ち、「少々下がっていてください」と私を見遣る。
言われた通りに数歩下がると、青年はそのまま素手で鍋の蓋を持ちあげた。
「えっ!? 早く放して! 火傷してしまうわ!」
途端、青年は「平気です」と笑んで、
「今は魔王様の魔力をお借りして人型をとっていますが、俺たち火蜥蜴の皮膚は熱にめっぽう強いんです。それこそ、火に触れたって傷などつきません」
「そう……なの」
「はい。ご心配いただきありがとうございます」
からりと笑った青年が、蓋を避けて置き「こちらをどうぞ」とお玉を渡してくれる。
「ありがとう……。ええと、お名前を聞いてもいいかしら?」
「お、俺の名前をですか!? えと、俺はサミルっていいます。厨房関連は俺が取り仕切らせてもらってます」
あ、それでサミルが色々と気を回してくれているのね。
私は頷いて、
「サミル、早速で申し訳ないのだけれど、塩と胡椒をいただいてもいいかしら。それと、味見をしたいから小皿も」
「あ、すぐに――」
サミルが振り返った瞬間、さっと二名の火蜥蜴が腕を伸ばしてきた。
その手には塩と胡椒それぞれのミルと、小さな白い小皿。
ありがとう、と受け取り、おたまでスープをかき回す。
「わあ……本当にもう火が通ってるわ」
おたまに合わせてくるりと泳ぐ野菜たちは、見た目からしてほっくりと艶めいている。
淡い黄色にトマトの赤が少々混ざった汁を少しすくい、小皿にのせて冷まし、こくりと一口。
「ん、おいしい!」
優しい野菜の甘みと、ベーコンのコクのある塩気。
このままでも充分だけれど、仕上げに胡椒を少々。
(は、早く食べたい……!)
しばらく収まっていたお腹がまた鳴りそう。
用意してもらったスープ皿に盛りつけて……。ああ、もう我慢の限界!
「ねえ、サミル。ここで食べては駄目かしら?」
「え!? ここでですか!?」
「もうお腹がペコペコで、食堂に戻る時間も惜しいの」
ね、すぐに出ていくから一皿だけお願い! と重ねると、サミルは大きく頷き、
「フレデリカ様が良いのでしたら、俺達は大歓迎です。誰かスプーンと水を持ってきてくれ!」
言いながらサミルは「こんなモノしかなく、すみません」と手際よく木製の椅子を用意してくれて、私はありがたく腰をかける。
スプーンを受け取り、待ちに待った実食……!
(火傷しないように気を付けて……)
うん、やっぱり。
あむりと口に含んだ野菜はトロッと柔らかく、優しい甘さが細かなベーコンの塩味と噛むたびに混ざり合う。
トマトはすっかり崩れてしまったけれど、微かに感じる酸味がベーコンの油を爽やかに変えてくれている。
(ああーーーおいしいーーー!!)
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