第3話お野菜とベーコンのスープを作りましょう

「本当に大丈夫ですか、フレデリカ様」


「ええ、問題ないわ」


「ですが、お怪我をしてしまったら……」


「平気よ。慣れて……じゃなくて、気を付けて使うから」


 心配げなナーラを宥め「よし」と腕をまくった私は、調理担当の火蜥蜴たちに用意してもらった包丁と、木製のまな板の前に立つ。

 借りたエプロンは子供用ではないため少し長いけれど、可愛いドレスを守ると思えば安心な長さ。


 作業台に並べられた、数種類の野菜とベーコンの塊。

 こちらも私のお願いによって、保存魔法のかけられた保存庫から運ばれてきた食材たちなのだけれど。


(こっちの食材が前世と似たものばかりで助かったあ)


 よく分からない生物とか、それこそ竜の肉とか出て来ても、どう下処理したら良いか分からないし。


「それじゃ、スープ作りを始めるわね」


 ナーラと同様に、ハラハラとした表情で見守る火蜥蜴たち。どうやら火蜥蜴たちは皆、赤の髪に黄金の瞳をしているみたい。

 彼らの物言いたげな視線を無視して、ジャガイモを手にする。

 ピーラーがあれば良かったのだけれど、どうやらこの世界にはそうした器具はないみたい。


(あとで作ってもらえそうな人……魔物? はいないか聞いてみようかな)


 包丁も、まだ子供なフレデリカの手にはちょっと大きいし……と思考の隅で考えながら、皮をむいたジャガイモの芽を取って、一センチ角に。

 三個ほどをボールにいれたら、しばらく水にさらしておく。


 その間に今度は人参を二本ほど同じく角切りに。

 玉ねぎもたっぷり三個ほどを粗みじん切りにして、キャベツの葉も数枚ざくざく切っていく。


(本当はコンソメとかお醤油があれば良かったんだけど、この世界にはないみたいだから……)


 そこで選んだのが、トマト!

 トマトはうま味成分のグルタミン酸が豊富で、あの出汁としてよく使われる昆布と同じうま味成分を持っている野菜なのだ。

 そして……。


「ベーコンって、好きなだけ使っちゃっていいのかしら?」


 顔を上げると、はっとしたようにして火蜥蜴たちがこくこくと頷く。


(それじゃ、失礼して……)


 前世では躊躇して薄切りにしてしまうけれど、せっかくなので厚めに切り取って、こちらも角切りに。

 あまり欲張っちゃうとスープがしょっぱくなっちゃうから、適量でぐっと我慢。


(ベーコンにはカツオ節や煮干しと同じ、イノシン酸がたっぷりなんだよね)


 そしてこのイノシン酸、なんとさっきのグルタミン酸と相性抜群で、合わさると相乗効果でうま味がぐんと強くなるのだ!


「よし、こんなところかしら」


 全部の具材を鍋に入れて、木べらを使ってじっくり火を通し……。


(うーん、やっぱり子供の腕力だとちょっと重いな……)


 うんしょうんしょと両手でかき混ぜながら、食材の端が透き通ってきたら小鍋を使って水を入れる。


「あとは蓋をして、柔らかくなるまでしばらく煮込むの」


 その間に片付けをしておこっかな。


「野菜の皮ってどこに捨てたらいいのかしら?」


 途端、跳ねるようにして一人の青年火蜥蜴が口を開き、


「フレデリカ様に片付けなんてさせられません! お終いでしたら、こちらで片付けます」


「え、でも、使ったのは私だし」


「いえ! これは我々の仕事です!」


 それを合図のようにして、わーっと火蜥蜴たちが一斉に片付けを始める。

 あまりの勢いにポカンとしていると、「フレデリカ様、こちらへ」と声をかけられた。

 ナーラだ。


「火の番と後始末は任せて、すこし休憩なさってください。まだ、目覚められたばかりなのですから」


「じゃあ……甘えさせてもらおうかしら」


 よろしくね、と振り返ると、火蜥蜴たちがびっくりしたように目を丸めてから「はい!」と大声が返ってくる。

 あまり散らかさないよう気を付けたつもりだけれど、後始末の面倒さを知っている身としては、申し訳なさが拭えない。


 けれど正直、前世の私とは違い料理に慣れていない身体だからか、疲労を感じていたのも事実。


(後でもう一回ちゃんとお礼を言わないと)


 そうして私はナーラに連れられ、隣接する食堂にやってきた。

 たっぷり間をとって配置された椅子でも十人は座れるだろう長テーブルには、赤いテーブルクロスと、刺繍が上品な白いランナーがかけられている。


 ナーラはそのひと席の椅子を「どうぞ」と引いてくれた。

 私が腰かけると、すでに用意されていたワゴンで温かな紅茶を淹れてくれる。

 口をつけるとほのかに甘い。


(そういえば、フレデリカは疲れた時は甘い紅茶を淹れないと怒ってたんだっけ……)


「とっても美味しいわ。ありがとう、ナーラ」


 途端、ナーラは少し戸惑ったように視線を彷徨わせるせてから、


「……恐縮にございます」


(あれ? ナーラ、もしかして照れてる……?)


 ほんのり染まった頬に気が付き、ほっこりと和みながら紅茶をゆっくりと味わう。

 天井から釣り下がるシャンデリアは息を呑むほど美しいのに、どこか物悲しさを感じるのは、フレデリカにとってこの場所があまり心地よい場所ではなかったからかもしれない。


(フレデリカはレスターと食事を別にとっていたのね……)

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