(72) 物語

自らの手で綴る物語は、魔女達との巡り合いを繰り返して合作となってゆき、次の物語へと紡がれる。



誰かが先に、何かを描いてる訳でも無い。誰にも邪魔されることは無く、気の向くまま、今は真っ白い画布に描く、私だけの世界。色とりどりの絵の具の中から好きな色を手に取って、配置や構図を気にする事無く、自由に筆を走らせる。


何処か温かい質感と優し気で穏やかさを持つ魔力の印象は、私のらしさ、そのものだった。憧れを自分の世界に表現出来る楽しさも相まって、興奮気味の私は言った。



「で、出来ました、ホワイトサングリア様!」


「────────好きなものを詰め込み過ぎだ、色を散らかし過ぎてしまっても統一感がないだろう」



魔女、ホワイトサングリアは呆れ顔でそう言って、


「表現するというのは、伝えるべき意味を劣化させる事なく、情報量を圧縮する作業に他ならない。限られた空間だとしても、工夫次第で広くも心地良くもなるもんだ」


溜息を付いた魔女が手を翳すと形作られた魔力は一瞬で分解されてゆき、原形を保てなくなりそして霧散していった。



「ぎゃっ!」



私は損失した生命力によって生じた衝動を痛みや苦しみとして感じながら、


「────あたしの姿で、情けない顔するんじゃねえ」


魔女、ホワイトサングリアは眉間に皺を寄せた表情で、真っ赤な林檎を齧っている。



「本来であれば感情や思考が姿を見せるのは一瞬で、それは直ぐに消え去ってゆく。感情に執着し過ぎてはならないが、あたし達はそれらを消えない様に掬い上げて、魔力を注いで形作る」



そう言って膝元の魔導書へと視線を移しながら、


「基本の繰り返しが応用を生んでいく。繰り返し負荷を掛ける事、そして負荷の比重を増やす事で精神力ってのは鍛えられていくもんだ。だから、────今は痛みを知っていけ」


魔女、ホワイトサングリアは何処か不思議と穏やかで、楽しそうに微笑んでいた。




まだ世界は、完璧では無い。


創造していく事を志す魔女達にとって、この世界は気の遠くなるような広大さと多様性を含んでいる。魔女達はそれら全てを包み込んで、そして世界に思いを馳せる。世界の構造を理解して、体験をしていきながら、無限に広がる意識の旅を繰り返す。



眼前にそっと置かれた赤い林檎は、胸の奥をくすぐって、


「御師匠さま~!」


"森"の中で今日も私は、心と体を温めている。

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