7.月と塔

(73) 月と塔-1

昔の事過ぎて、いつの頃だったのか正確には覚えていない。

大事な物を無くしてしまった記憶を、今になって思い出している。



"学園"の時計塔の鐘楼に立ちながら、魔女、カイルベッタ ウインターフロストはいつかの時を振り返る。"代理戦争"によって、魔女達の住む世界は一変した。新たな世界の枠組みの下で、"学園"は新たな秩序を構築し続ける。構造的な変化が生じてしまった中で、魔女は今も痛みに堪えている。


魔女、カイルベッタ ウインターフロストは自然に身を任せながら目を閉じて、夜の静寂を感じていた。自己意識を持ちながらも他者と共存し、自然を改変し、理論すらも構築しさえする魔女達の営みを、今も舞台の上から静かに演じ続けている。


自然と歴史が交差する"学園"で育まれた感性は、大きな時間の流れの一部でもあり、居館から零れる幾つかの灯りの色を眺めていると、そのいじらしい営みに胸が熱くなっていく。世界はあらゆるものの結集であり、舞台に立つ役者だけのものではない。様々な力が集まっていく事によって、ひとつの世界が作り上げられていく。


変わらないものなど何もないと、日常の至るところにある変化を目にしながら、頭の片隅で思う。────何故思い出の中の景色と、今目の前にある景色は違って見えるのだろうか。


魔女達は心が関わるようになると、変化する事に対して抵抗感を覚えてしまう事も少なくない。避けられない不確かさと未知なるもの達は、目に見えない不安や恐怖を引き起こす。このまま観客席側に降りてゆき、幕が上がった世界を見続けていたい衝動に駆られるが、彼女は何かに思いを馳せるように静かに語る。



「遠くなっていけばいく程、心までもが離れていく。繋ぎ止めてくれるものすらも、気付いたら見失っていく。────自分の心の変化すら掴めなくなってしまったというのに、変わって欲しくないと願うのは傲慢かしらね」



魔女はきっと、心のどこかで気付いている。

変わっていってしまうもの達と、分かり合える事の無い辛さや寂しさを抱えながら。それでも淡く薄い、指先を伸ばしたくなるものが、これでもかと現れる。



心は何かが違うと叫びながら、奥底にはぽっかりと穴が開いていた。



きっと私達は求めても、彷徨っても、いつかは何処かへ辿り着く。それでもきっと、何処かに光が宿っていると願いながら、誰かがそれをただただ見付け出してくれる事を祈っている。



「────何もかもを棄てて一緒に手を繋いで世界を歩いて行けたのなら、何処まで行けるのでしょうね」



そう言って魔女は掌から世界の欠片を取り出すと、亀裂の生じた小さな世界を憂えている。戻れないところまで来てしまった現実と、もう決して戻らないと決意を込めながら、青く輝き続ける世界をそっと優しく包み込む。



今よりも前に進む事でしか、魔女達に残された物語を完結する事は出来ないのだろう。魔女、カイルベッタ ウインターフロストは変わりゆく世界に抗い続けながら、変わらないものを、今も探し続けていた。

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