(74) 月と塔-2

"祝宴の大広間"の舞台に向かって、一人の魔女が歩いてゆく。戻れない過去への虚しさと、深い郷愁に駆られながら、それでも魔女は舞台に上がる。


魔女は華やかなローブに縫い付けられたポケットに手を差し込んで、仕舞い込んだものを探っている。やがて魔女は目当てのものを探り当てたと言わんばかりに、


「────────ん」


手にした豪華絢爛な装飾が施された短剣と荘厳な輝きを放つ純金製の指輪を、舞台に立つもう一人の魔女へと向けて差し出した。魔女、シュリードゥワリカは差し出された遺物を受け取り終えると、労いの言葉を穏やかに魔女に投げ掛ける。


「期待以上の成果ですね。感謝します、ヤミー」


「────別に、ついで」



魔女、ヤミーはどこか居心地の悪い表情をした後、静寂を足音で踏み鳴らして舞台から去ってゆく。愛し方も愛され方も分からなくなってしまった魔女は、いつもと同じように壊れた心に問い掛けた。



誰かを救える訳でも無い。

まして誰かの運命を、変える事なんて出来やしない。


放っておいてくれたのなら、どんなにも楽だろう。放っておかれたのであれば、どれ程までに悲しいだろう。愛されるのはとても怖くて、愛する事もどうしようもなく怖い。独りという事に慣れてしまった今、忘れてしまえば楽になれる筈なのに、────────誰にも渡したくない喪失感と、孤独だけが残っている。



魔女、シュリードゥワリカは舞台から遠ざかっていく魔女の背中に向けて、


「────欲しい物を求め過ぎても、行き詰るだけでしょう。無理に求めて疲れるよりも、今出来る事に気付く方が、ずっと楽になる筈ですよ」


そっと優しく口にしたが、────魔女は聞こえない振りをして、闇に染み入るように薄らいで消えてゆく。



魔女、シュリードゥワリカは瞬きをする事なく、母親のような慈愛の籠った眼差しで、いつまでも魔女が消えていった先を遠く見続けていた。



*



"学園"城壁塔の最上階、城壁の鋸壁の上に居座りながら、魔女、ヤミーは幸せと不幸せをかき混ぜる。寒々と暮れていく空の下で、空っぽの魔女はいつまでも、孤高を保って今も咲き誇っていた。



下ばかり見ていたせいか、気付けば高い所に登りたくなって此処に居る。



明日が来なければいいと、何度思った事だろう。

どうしたって変える事の出来ないものと、それでも明日が来てしまうという現実に怯えていた。


けれど明日が来る事を嘆いても、明日は自分だけのものではない。幾つもの夜を越えながら、重りを抱えて潰れそうになろうとも、決して道を踏み外さぬために、────そんな時、彼女の笑顔を思い出す。



夜も闇も、きっといつかは明けるだろう。

一進一退を繰り返しながら、それでも前に進んでいる。


持てるだけの傷跡をポケットに仕舞い込んで、降り出しに戻ったとしても、そしてまた繰り返す。



いつも涙で生きている程、弱くも無いし強くも無い。


悲しみや憎しみ、喜びすらも捨て去ったが、ただひとつ、思い出と言うものだけが捨てきれず、虚ろの中に残っている。



何に喜び、何に怒り、何に悲しんでいたのか。────それはもう、忘れてしまった。



傷付いた分だけ心の痛みが分かった事で、誰かに対してそれだけ優しくなれるのかは分からないけれど、


刻まれた痛みに思いを馳せて、魔女、ヤミーは黄昏が残る空で輝く一番星を眺めながら、


「────────早く明日になればいいのに」


そう、届かない言葉と共にした。

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