(71) 鼓動

石灰岩の丘の上にある断崖絶壁に囲まれた、複数の建物群からなる"丘陵"は、放置されながらも美しく、強烈な個性であらゆるもの達を惹き付ける。時代に大いに活躍し、脚光を浴びていた歴史は非情な波へと飲み込まれて、今はもの悲しさと共に独特の怪しい魅力を放っていた。


歴史の中に取り残され、静寂の中に粛々と眠る"丘陵"の廃墟の中で、少女が独り眠っている。少女は貴婦人の様な美しさと、凛とした強さを持ち、香る花の様に誰かを引き寄せる力を持っていた。



「────────ふぁぁぁ~」



廃墟に淡く差し込む光の中で、少女は眠そうに口元を押さえて大きな欠伸を浮かべている。廃墟の外では空気が入れ替わり、天気が激しく揺れ動いていたが、少女は朽ち果てた窓から漏れる光が眩しいのか眉間に皺を寄せていた。


彼女は眠い目を擦りながら、荒廃した廃墟の中にぽつんと置かれたテーブルに添えられた椅子に腰掛ける。華やかなアレンジメントフラワーと豪華な燭台に飾られたテーブルに少女が手を翳すと、一揃いの食器が並び連なって現れる。少女は指先でそっとカップの縁に触れると、花のような香りの水色すいしょくがカップの中を満たしていった。


少女はまっすぐで美しい姿勢を保ちながら、紅茶のカップに口を付けて、


「数多もの可能性を手駒にして、最良の選択肢を選び実行する。磨けば光り、怠ければ失う。────それは厳しさなんてものではなくて、楽しさであることに何故気付かないのかしらね」


何処か残念な思いに胸を締め付けられている。



「────何時の時代でも、何処にでも居る。創造したとしても、結局は拭い去る。不法に満ち、全ての肉なる者が、この地で堕落の道を歩んでいく」



死と再生を繰り返す永遠の循環の中で、少女は今も嘆いている。一部の人達は、悲劇的な言い回しで下の世代を脅かす。そして希望に満ちた先を見せず、理不尽な世界の仲間に入れようと必死になっている。



創りたいものを創り上げられるという保証は何処にも無かったが、この世界は新しいものへと挑戦する彼女の決意と願いを込めて名付けられた。


そして超越した存在は、時と場合に応じて救いとなる。それは何でも願いを叶えてくれるような都合の良いものではなかったが、人々にとって彼女は掛け替えのない支えだった。



うら若き少女は、願いを世界の欠片に閉じ込める。やがて少女は試練を経て母となり、旅路の果てに年老いて、そしてまた源泉へと帰っていく。



全てを拭い去る事は、滅びの物語というだけではない。

それは救いの物語でもあり、人に示された神の救いの歴史に他ならない。



「────行き詰った時は、もうひと眠りするに限るわね」



自分でしか出来ない事をもう一度突き詰める、淡々とした続きの作品の中で、それでも少女の世界は続いていた。

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