6.全能の目

(70) 全能の目

心臓が、早鐘を打ったように鳴っている。

頭はどうしようもなく混乱して、考えが纏まらない。



私は本来の姿へ一旦戻ると、身体が小刻みに震えていることに初めて気付いた。私の気持ちが揺れ動いているのを見て、魔女、ホワイトサングリアは諭すような口調で言った。



「不安と迷いは常に何処かにあるもんだ。但し、不安に不安を重ねない、迷いに迷いを重ねない。不安や、迷いのひとつでいい。────誰しも初めては気掛かりだが、心配するよりも案外軽くすむもんだ」



魔女、ホワイトサングリアの意図が伝わったのか、私はやがて落ち着きを取り戻して、再び地面に向かって腰を下ろす。



「────通常、対象に姿形を変えたとしても、術者が持っている魔力量や神秘が変化する事は無いし、対象が覆っている物事の本質までには及ばない。言ってしまえば外見だけを飾り立てて、体裁を保っているようなもんだ」



魔女、ホワイトサングリアは教本に基づいて読み進めていく様に、説明を続けていく。自分の体験と照らし合わせてみると、段々と、この説明の仕組みが分かって来る。



「でもお前は違う。姿形だけじゃない、対象そのものの、────全てを再現して成り変わる」



だから私が鳥や獣に姿を変えたとしても、会話や魔術は使えない。


けれど誰かの力を、もし、借りる事が出来るなら────。



「まあ対象に成り変わったといって、物事の本質に直ちに通じている訳じゃない。知らなければ認識すら出来ないし、知っていたとしても直ぐに使える様になる訳じゃあないが、────あたし達は識る事によって本質を悟っていける。物事を深く理解して正しく見分ける事によって、蓄積された知識が自分のものとなるのさ」



今の自分を知り、その限界を知って、その先にあるものを知る。

その知りうる全てを知る事で、魔女は成長していける。



「それに魔力の制御方法を理解しなければ、いくら魔力があったところで魔術を使いこなせる訳じゃない。魔力の制御に失敗した場合、生命力は損失する。そして生み出された魔力量に比例して術者に跳ね返る負担も増大し、最悪の場合死に至る」



そして魔女は、私の心の奥底を覗き込む様な様子を見せた後、


「これだけは覚えておけ。────対象そのものの全てを再現して成り変わったとしても、お前はお前でしかない。迷った時はそこに戻って、どうすべきかを考えろ。変えてはならないものを変えてはならない。それを変えてしまったり、消したりしてしまうと、迷った時にどうしたらいいか分からなくなるからな」


厳粛な顔をしてそう言った。そして魔女、ホワイトサングリアは一転して表情を緩めると、


「後はただ無我夢中で、それに取り組んでいけばいい。そうなればもう、怖いものは何もない。恐れるものは何もない。────旅路を経て物語は展開され、いつか旅路の果てに辿り着く」


穏やかな表情で言い放った。



「ホワイトサングリア様、────箒で飛ぶ事も、出来る様になれますか?」


「はん。その気になりゃあ、その足で空だって走らせてやるよ」




────────私が何故全てを再現できるのか、それはまだ分からない。



変わっていこうとしている自分が、少し名残惜しくて、ちょっとだけ寂しいけれど。


でもそれは何処かわくわくするような前向きさを持っている、


私のこれまでの、終わり。



だから今日が、


きっと、私の、新しいの、────第一歩になる。



*



最強と謳われる"星"、"月"、"太陽"、"審判"、"世界"の5枚の神秘の中で、"世界"はひとつの物語の完結と新たな物語の始まりを意味している。


その存在は運命すらも味方に付けて、本来の自分を解放し、その全てを見出してゆく。そしてそれは万物が調和し、4大元素が全て揃った完璧な状態で、世界の完成を祝っている。



魔女達が最も追い求めている、万物を見通す全能の目は、幼い魔女の中にある揺籃の地で目覚めの時を待っていた。

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