(63) 赤い糸
週に1度、決まった曜日にだけ開店する不思議な花屋。
小さな都市に固定型の店舗を構える店先に、咲いたばかりの楚々とした少女が立っている。
鮮やかで華やかな色を目にしていると、不思議と胸と心が躍る。魔女は季節外れの色に目を奪われて、つい立ち止まって見入ってしまった。
色とりどりの花は、見ているだけでも美しい。
いつもが記念日ではないが、いつかは誰かの命日であり、いつかは誰かの誕生日でもあるだろう。一束買って帰ろうか、花と寄り添う生活は素敵なものになるに違いない。感情そのものの動きが鈍く、表情に乏しい顔で、そんな思いを巡らせている時だった。
「────どうしたら、お姉さんみたいな人になれますか」
駆け寄ってきた少女は恥ずかしそうに照れながら、魔女を真っ直ぐに見つめている。見ず知らずの少女は目の前の魔女が頭を抱え悩み、髪の毛を掻く姿を目にすると一旦店先へと駆けていった。
そして駆け戻って来た彼女は満面の笑みで、
「いつか教えて貰えると嬉しいです」
答えを待ち望んでいるかのように、魔女に花束を向けて輝いている。
魔女は両手で抱えきれない程の花束を、さほど嬉しそうな顔もせず、素っ気無く受け取った。そして少女は頬を真っ赤に染めながら、店先の方へと駆けていく。そこには彼女のであろう、両親の姿もあった。
────魔女は両腕いっぱいの花束を抱えながら、細い路地を歩いている。
何故か頬が緩んでいくのを必死に堪えながら、両の腕を引き寄せて、その花束を抱き抱える。
彼女の事を考えると、不思議と胸の鼓動が高まって来る。
どこか心は浮き立つ様に、その足取りが軽くなる。
またあの笑顔に、会いたくて。
そんなささやかな願いを、魔女はそっと祈りに込めていき、
そして魔女は、────名前も知らない、人の子に恋をした。
*
魔女の一生で、ほんの僅かな、二人きりの世界。
狭く暗い部屋の中で、爛漫に咲き溢れる娘と魔女は寝具に腰掛けながら、肩を寄せて密着する様な恰好になっている。
決して永遠に続く事は無い、刹那の儚さと美しさの中で、彼女は両腕を魔女の左手に絡めて、祈る様な体勢で言葉を続けた。
「最後になるかも知れないと言うのに、不思議な時間ね」
きっと魔女は何年が経ったとしても、折に触れて、この特別な瞬間を思い出す。
例え思いが報われる時が来なかったとしても、この瞬間を宝物の様にして、これからも生きていく。
かき消されてしまう様な小さな声と、諦めの溜め息の中で、彼女は乾いた涙を流している。それでも彼女は微笑みを決して絶やす事は無かったが、淡く、そして柔らかに装られた唇が、小さく震え続けている。
どうすることも出来ない世界になってしまっても、二人の世界は変わらない。
魔女は気休めの様な励ましで押し込める事はせず、ただ真っ直ぐに、彼女の瞳を見つめている。
「────いつか必ず見つけ出して、君の傍に駆け付ける」
高鳴る鼓動と熱を帯びていく思いに、頬は淡く、次第に色付いていく。
闇の濃さを知る魔女が描く物語は何処か冷淡で、そして余りにも温かい。
────そうして重なり合った口紅は、溶け合うように落ちていき、夜の闇へと混じっていった。
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