(58) 裂け目-12

私はゆっくりと呼吸を整えて、こんがらがりそうな心を如何にか解き解す。

強張った表情を気持ちで覆す様にして、私は震える膝に力を込めて立ち上がった。


魔女、テ・オ・ショコラは私の気持ちを察してか、


「別に取って食おうという訳では無いよ、────まあ、誑かすつもりではあるがね」


優しく感情に語り掛ける。続いて隣に歩み寄ってきた大振りなフリルが印象的な赤紫色の魔女は、顔を一切動かさずに、私の身体を舐め回すな目で見詰めている。まるで値踏みする様な目付きは、見下し慣れた傲慢さを漂わせている様だった。


赤紫色の魔女の瞳に怪訝な表情が宿ると、


「テ・オ・ショコラ、これが声を揃えて呼び立てた事由であるのなら、落胆させてくれるものね。────とてもじゃないけれど気持ち良くなれそうにないじゃない、カシュカシュと遊んだ方が幾分かましな位よ」


行き場を無くした熱は急に冷めていき、興味を失ったように視線を外す。魔女、カシュカシュは眉間に皺を寄せながら、あからさまに不快な顔をしていたが、赤紫色の魔女は気にも掛けない様子だった。



「無駄口を叩くのは止めなさい、マンダリン オリエンタル。テ・オ・ショコラが呼び立てたのであれば、それなりの理由があるのでしょう。その判断は早計に失するものですよ」



見上げる様な背丈の魔女は、魔女、マンダリン オリエンタルに言葉を放つと、


「見切りを付けるなら、早い方が良いじゃない。───まあそこまで言うのであれば、好きにすればいいわ」


勝手にしなさいと言わんばかりに言葉を返す。青色と黄色で強調された瞳は存在感を放ちながら、何処か物事を図る様に、価値を見極め続けていた。



「女の勘というものは、大体にして当たるもの。特に言う事も無いし、最終的には母様が決める事でしょう?」



ピンク色のロングドレスを身に纏う魔女は、透き通るような透明感を持つパールピンクの髪に触れながら、何処か気怠そうに話す。ふわっとした巻き髪は質量を持ちながら、何処か上品な大人のこなれ感を醸し出していた。そして大事にそうに魔導書を抱え込む小さな魔女は、彼女の傍らで佇みながら、


「わたしはベルエポック様の判断に従うだけです」


「ありがとう、ラタタン~。好き~」


そう言って魔女、ベルエポックは魔女、ラタタンに横から抱き付く様に引き寄せて、いつまでも離れようとはしなかった。



──────そして、その後味が悪く、一種の癖になる毒は闇の中で蠢いた。



「誰もが排除したがるが、どれだけ真理を求めても闇は永遠に付き纏う。闇とは決して手を切る事は出来ず、上手く付き合っていかなければならない相手なのだから」



それは精神に異常を来たすほどに、刺激的過ぎる、劇薬の様な感覚だった。

黒で統一された闇は圧倒的な存在感と威圧感で押し潰されてゆき、その余りの大きさに息を詰まらせる。



原初の魔女、ディクサム・ブロークンは気味が悪い程に不敵な笑みを漏らしながら、澱んだどす黒い闇で生きていた。

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