(57) 裂け目-11

得体の知れない何かが、闇の中で次第に姿を見せ始める。

澱んだ水の様に重い闇はひたひたと押し寄せて、溶け込んだ闇が姿を形作っていった。


魔女、カシュカシュは動揺する事無く、落ち着いた表情で魔女、テ・オ・ショコラに視線を投げ掛ける。



「────嗅ぎ付けられましたね」


「私達は旅路を続けていく限り、何等かの行動を為している。しかし彼等のそれは、単なる反応と同一という訳では無い。本能には逆らえない、恐ろしい毒という事さ。────彼女も彼等が生に最も執着する連中であることを知るだろう」



そう言って魔女、テ・オ・ショコラは、象られてゆく闇を眺めている。ぼやけていた輪郭は徐々に整えられていき、


「────しかし、魔女の姿とは洒落ている。見出すものは魔女それぞれではあるが、面白い感性を持っているね。何に影響を受けたのか、興味深いものだよ」


悍ましくも美しい魔女の姿が、闇の中に浮かび上がっていった。


息苦しい程に混じり気の無い闇を見ながら、私は目を瞑って闇の深さにじっと耐える。悲哀の底無き底に降り立ちながら、手足や顎は自制が出来ない程に震えていた。



「けれど君、勘違いしてはいけない。それは最初からあった訳では無く、君自身が見出したものさ。それを履き違えてしまったら、更なる闇の淵、"深淵"に呑まれてしまうよ」



魔女、テ・オ・ショコラは左手にワンドを手にすると、闇に浮かび上がる魔女を夜が囁く様に覆っていく。



「闇に何かを見出す事そのものは悪ではない。見出す事を止めてしまえば、あらゆる可能性は閉ざされてしまうだろう。新たな物が生み出されなくなってしまっては、私達の旅路は意味を失ってしまうからね」



闇の中から創造されたそれは、闇の中へと退いていく。

やがて夜は魔女を完全に覆い尽くして、そして消失していった。


闇の中を静けさが支配する一瞬の中で、魔女、テ・オ・ショコラは掘り出し物を見付けた様に喜んでいる。魔女、カシュカシュへと視線を向けて、


「カシュカシュ、皆を此処に呼んでくれたまえ」


そう穏やかに呟くが、言葉には命じる様な響きがあった。


「────承知しました」


魔女、カシュカシュは返答しながら、右肘を肩まで上げて祈りを込める。神秘の象徴は深い闇の中で咲き誇り、優しく儚げに灯る光が幾つもの曲線を柔らかに描いていた。振り下ろされた右手と同時に幾つもの光は美しく灯り、ひとつひとつに思いを馳せる。



────そしてその奇妙な集団は、やがて闇の底から集まり始めた。思い思いの格好をした集団が、それぞれ闇の中から現れていく。


深みのある赤紫色の魔女は面白可笑しく笑い、見上げる様な背丈の魔女は青色と黄色の混ざり合った化粧が異彩を放つ。淡く薄いピンク色のロングドレスに身を包む魔女は、何処か気だるげに小さく開いた唇に触れている。そして恐らくコタダと同年代と思われる魔女は、白いケープコートを着こなしながら大事そうに魔導書を抱えていた。



私は腰を落として低い姿勢になりながら、闇の中に取り残されてしまった様に小さく埋もれ続けている。先の見えない闇の中に放り出されてしまわない様に、この不思議な闇の中で思いを巡り祈っていた。

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