(55) 裂け目-9
遠く続く平原を眺めながら、ピーチメルバが持たせてくれたお弁当を口にする。空腹が満たされていく幸福感を感じる中で、私は双子の魔女から貰った地図を鞄から取り出した。
"塔"への行路が記してある手書きの地図を手にして、大まかな位置を把握する。恐らくはナツコイと思われる木目細かな絵付けに感嘆の息を漏らすが、地図の端に付けられた誰かのキスマークには発言を差し控えさせておく。
(────全く、ふざけているようで役に立つから始末に負えないわね)
苦笑いを微かに含んで、乾燥させたクランベリーとデーツを口へと運ぶ。生の果物とは異なる触感と味わいを楽しみつつ、私は視線を地図に戻した。
"学園"を飛び立って早数日、"渓谷"と"学園"を結ぶ行路から少し外れた山脈に、その"塔"は聳え立つ。誰も辿り着いた事の無いその"塔"の頂には、幾人もの魔女達が今も挑み続けている。
その地域は雨に恵まれ緑豊かであるが、覆われた濃霧に紛れ危険な獣が跋扈する。未踏査区域では新たに遺跡が発見され、成り立ちや歴史など未だ解明に至っていないものも数多く存在していた。
────手書きの地図上で見付けた、分かり易くも道から外れた未知の象徴。
この行路の遥か先にある、未だ役目を終える事の無い"塔"へと向かって、私は渡り鳥へと姿を変えてその旅路を再開する。
いつかのお母さんの記憶を辿るために。
そして過ぎ去っていった彼女の旅路に、触れて繋がり合えるように。
刻々と変化していく世界の中で、私はその表面を飛んでゆく。
ひんやりとした空気を肌で感じながら、地平線から湧き上がる光を浴びて先に広がる"渓谷"は黄金色に輝く。そして"学園"の最北の地には深淵へと繋がる、深い"裂け目"が大きく口を開けている。その闇は物質世界に存在するあらゆる固有性を奪い、そして全てを飲み込みながらも、微動だにする事はない。
決して近付いてはならない禁足地に私も魅せられてしまったのか、────幾ばくかの意識を向けた、その時だった。
その黒よりも濃い闇の色が、今も私の瞳に残っている。
突然足元が消えた様な感覚に陥りながら、魔女へ姿が戻ってしまった私は吸い込まれる様に落ちていく。
再び姿を変える事も、抵抗する事すら出来ぬまま、
(────箒で飛ぶ練習、もう少し頑張れば良かったかな)
幼い頃の記憶を思い返しながら、ぼんやりと、そんな事を考える。
そして次第に私の輪郭は薄れていき、呑まれた記憶は闇へと消えて、やがて意識を失った。
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