(53) 裂け目-7

期待を込める様に、東の端が青白い夜明けの色を滲ませる。


私は真新しい服の香りと肌触りの良さを感じながら、ケープコートにゆっくりと袖を通してゆく。皺一つないそれは吸い付く様に身体に馴染んでいき、携行帯をしっかり結んだ頃には眠気はすっかり消えていた。



装飾が施され同じ意匠で揃えられた化粧道具は、魔女の並々ならぬ思いを映す。クリスタルガラスの化粧瓶と銀製の鏡を手にしながら、ほんのりと赤みのある頬と口元を、自然な色味で仕上げていく。淡く色付きながら移り変わっていく様子は、昨日よりも新しい私が現れて来るようで嬉しかった。


続いて透き通った小さな世界に、私は夜空を閉じ込める。覗き込みたくなる様な小さな小瓶は仄かな光を滲ませながら、太陽の光を反射して煌いた。それぞれの環の端を両の耳に差し込むと、一際幻想的で、それでいて他にはない存在感が顔を出す。



────鏡の中には幾らかの興奮と、若干の寂しさが詰まっている。



居館3階、整頓され清掃が行き届いた部屋を眺めながら、やり残した事はないか思う。


いつか私達が大人になって、この記憶を手に取った時、各々が置いていってくれたものに、きっと気付く時が来る。


今はまだ、それ以上は読み取る事は出来ないかも知れないけれど。旅路の途中で見失わない様に、この部屋の隅に置いておこう。



私はかたちの無い宝物を握り締めながら、そっと静かに蓋を閉じて、────そして意を決した様に、扉に背を向けたのだった。



*



既に"学園"の魔女達に一通り挨拶を済ませていた私は、いつか迎えられた古城の入口まで、同じ道を辿って歩く。今では開かれた"上の中庭"から静寂による持て成しを受けながら、吹き抜ける風は背中を後押ししてくれた。


居館4階、控えの間の小窓からは双子の魔女達が顔を覗かせて、魔女の姿を目で追っている。彼女達は見送る言葉を発する事無く、何処か不思議と楽しそうに微笑み眺め続けていた。



前を向いて歩ける要素は、そこかしこに詰まっている。私は遠くで繋がっている魔女達を思い返しながら、今日も色付き始める広場を後にした。



*



厳かな雰囲気に包まれる無人の礼拝堂で、私は静まった祈りを捧げ終える。続いて柔らかな光に包まれていく中央通路を抜けていきながら、やがて城門館へと辿り着く。そこには旅立ちを見送る魔女が集まっており、新たな輪が生まれていた。



三人の魔女、シュリードゥワリカとロゼ ロワイヤル、そしてコタダは佇みながら、私の到着を待っている。シュリードゥワリカは優しく、そして祈る様に目を細めて、


「広い世界を見て、貴女自身が決めると良いでしょう。────どうか、良き旅路を」


そう言って柔和な表情で微笑んだ。



私達は他愛もない会話で盛り上がりながら、ただ緩やかに、時間だけが流れていった。果てる事なく続く会話は、五感を確かにくすぐる程に、笑顔を多く溢れさせながら。その場所に居る誰もが、会話の辿り着く先を探っていた。



それでも始まりあるものには、いつかに終わりの時が来る。


私は盛り上がっている中で、話を自分の意思で切り上げる。

話し足りなさと心残りを感じつつ、いつか話の続きが出来るように、また会いたいと願う様に。


それに、それ以上話していると、コタダが泣いてしまいそうだったから。



ロゼ ロワイヤルと私は目をそらす事無く見つめ合いながら、手の平を胸の高さで合わせて叩き合い、互いの願いと別れの気持ちを分かち合った。



そして、"学園"でお世話になった魔女達と、足を運んでくれた彼女達へ。

私はより美しく装い、丁寧に深々とお辞儀をしながら、

その所作に、精一杯の心をこめて、


「いつか、と言わず、今日でも明日でも毎日でも。────その時まで、どうかお元気で」


感謝の言葉を口にしたのだった。



*



"学園"の青空を、一羽の鳥が飛び立ってゆく。


旅立ちは、春の訪れを待つ優しい思いに乗りながら。



新たな季節の予感を含んだ風を、確かな翼で受け包んで、


そして空へと返していった。

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