(51) 裂け目-5

地上が厚い闇に閉ざされた中、切り立った崖の切っ先に一人の魔女が立っていた。世界の狭間、"裂け目"の淵に立ちながら、魔女、ヤミーは深い闇を覗き込む。目には見えないものを視て、語られる事の無かった声無き声を聴いている。彼女は声を潜めて忍び寄る彼等の声を聴きながら、塗り潰された深淵をずっと見詰め続けていた。



無言の祈りは、何処まで遠く届くだろう。

どれだけの祈りを捧げれば、この時を慰めてくれるのだろう。



「気遣いも行き過ぎると、かえって誰かを遠ざける。無理にでも手を引っ張る図々しさがあれば、違った結果になっていたのかな」



ヤミーは泣いてなんかいないと自分に言い聞かせる様にして、無理に押し出したように微笑んだ。



*



祈りのかたちがそれぞれである様に、魔女にもそれぞれの生き方がある。



誰しもが心の中に、それぞれの闇を持っている。


けれど闇は闇でしかないし、それ自体には何もない。

そこには善悪なんてものも無いけれど、かといって虚無というわけでもない。


何があるか分からないものの中から、魔女達はそれぞれの闇を手探りで探している。闇は分からないものであるからこそ、自らが見たいものを見出してしまえる事だろう。


でも何があるか分からないところへ、どうして踏み込んでいくことが出来ようか。きっと足を踏み外してしまうのは簡単で、崩れ去っていくのもあっと言う間かもしれない。


時が戻って欲しいと願っても、返って来るのは胸の痛みと悲しみばかり。寂れていく感覚は、命の意味を狂わせていくみたいで怖かった。


闇を愛する事を覚えた彼女が、一体何を見出したのかは分からない。



「取り返しはもう付かないけれど、嫌いなのに会いたいと思うのは私だけ?────ねえ、ラタタン」



細く掠れた声で呟いた言葉は、底を見通せない深い闇の中へ、吞まれていって消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る