(48) 裂け目-2
穏やかな時間と共に過ごす、静かで優しい午後だった。
主塔に存在する居室の中に、紅茶のカップとソーサーが鳴らし合う小さな音だけが響く。静寂に包まれた空間の中には、時折本のページを捲る音が耳を澄ますと聞こえて来る。
寝具に静かに横たわる魔女ははっきりとしない意識の中で、自然と目を見開いた。ぼんやりとした視線は一点を凝視して、真っ白い天井をただただ見つめ続けている。
「────────────」
「また無様にやられたわね」
椅子に腰掛けたロゼ ロワイヤルは膝元の本に目をやりながら、目を覚ました魔女、ダーチャに言葉を投げ掛ける。その声は抑揚とした起伏もなく、ただ淡々とした調子だった。
「────そうですわね」
ダーチャは何処か納得した様で、けれども釈然としない表情を見せながら、静かにそれを肯定する。そして彼女は肘を付いて体を支えながら、上体を緩やかに起き上がらせていった。広場に面した窓は大きく開かれており、引かれた白いレースのカーテンが緩やかな風にそよいでいる。彼女は窓枠に並び置かれた幾つかの花を見詰めながら、
「どなたかいらっしゃったのね。────それに貴女にも、感謝しなければなりませんわ」
穏やかな表情の中にも、繰り返す波の様に悔しさが押し寄せる。
「立会人として当然の責務よ、気にする必要もないわ」
ロゼ ロワイヤルは開いたページに栞を挟み込んで、読み掛けの本を閉じていった。彼女は机に置かれた紅茶のカップを片付けていきながら、
「解毒作用を高める薬らしいけれど、────後で飲んでおきなさい」
小袋を取り出して机に乗せる。ダーチャはその言葉で全てを察すると、
「────────完敗ですわね」
深呼吸しながら、どうにか気持ちを抑え込む。
ロゼ ロワイヤルは部屋の扉に手を掛けると、
「大事になさい」
言い聞かせる様にして、その場を後に去っていった。
扉が閉まる音を聞いた彼女は子供の様に顔を歪めていき、見ている風景を滲ませていく。そして感情は堰を切って溢れ出し、涙ははらはらと落ちながら、敷布を流れて濡らしていった。
しかし彼女は、何も無かった事にはしたく無いのだろう。
それは諦める訳も無く、開き直る訳でも無く、
それでも旅路は続いていくと、冷静に状況を受け入れる静かな熱を帯びている。
魔女は前屈みになりながら、敷布にうずくまる格好で泣き伏せる。
白いカーテンから無数の光が差し込む中で、穏やかな風は魔女の背中をさするように、覆い被さり流れていった。
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