4.裂け目

(47) 裂け目-1

深淵に魅了された魔女達は、狭間の"裂け目"に潜んでいる。



暗い闇の中だった。

2人の魔女は底無しの深淵を覗き見ながら、吸い込まれる訳でもなく、導かれる訳でもなく、ただただ狭間の中を歩き続けている。



先導する魔女は上品で落ち着きのある、洗練された個性を持つ。魔女は髪をかき上げると、内側は色とりどりの多色で染め上げられた異なる色味がちらりと覗く。派手過ぎる事の無い、透明感のあるくすみがかった表面の髪とは全く様子が異なっており、幻想的で一際目を惹く個性的な色合いだった。


大振りなフリルの袖口が印象的なブラウスは深みのある赤紫色を基調としており、上からは黒色のバックレースワンピースで身を包む。小振りな帽子には薔薇の花飾りが添えられており、気品の中にも愛らしさが垣間見える。



「争いは不幸を呼び、不幸は争いを呼ぶ。闘争の中でしか人は成長出来ないというのなら、この無限に繰り返される不幸はまるで呪いね」



先を行く魔女は後ろから追従する魔女に話し掛ける様に声を発すると、


「これは罪であり、きっと罰でもありますよ。彼等もまた、その代償を十分に支払った事でしょう。────ある筈の無い希望を抱き、今も光を求めて彷徨い続けているのですから」


魔女は彼女に応える様にして言葉を返した。

後続の魔女は青色と黄色が混ざり合った化粧が目元に施され、強調された瞳は余りの存在感を放っている。背が高くすらっと伸びる長い手足と、無駄な贅肉が無い体には、すかし模様が施された深緑色のロングドレスが良く似合う。



先達の魔女は若干の不満を表情に見せながら、


「これで彼等が負債を返済し終えたとでも?────これは当然の報いであって、ただの結果に過ぎないわ」


「生きる事は困難ですけれど、死ぬ事もまた難しいものです。死に切れないから生き続ける、それが続くのが人の生と言うものでしょう?それに死んだら楽になる訳でもなく、死んだらただ消えるだけですよ」


続く魔女は諭す様に語り掛ける。



変化の無い黒一色の景色の中で、魔女達は迷う事無く歩き続ける。そして闇を進み続けて暫く経った中で、何かを感じ取った魔女達は歩みを止めて立ち止まった。先導していた魔女は祈りを込めると、二重の円で構成された魔法円が闇の中に浮かび上がっていく。


魔法円は魔術儀式の場となる聖域を定義する物質的な基盤とされ、術者と世界との境界線を敷くために用いられる。魔法円は繊細で美しい魔術的な象徴が配され魔力を帯びるが、それ単体で意味をなすものではない。


彼女は右手を差し出しながら願うと、掌には神秘を象った象徴が宿る。深い闇の中で咲き誇る輝きは、魔女達の周囲を美しく照らしていく。掌を握り締めると象徴は幾筋もの光となって変貌を遂げていき、その輝きは不思議な音色を響かせながら、伝播する様に連続して広がりを見せていった。


深淵の中を渦巻いている心の奥底に眠る本能的な衝動は、表に顔を出しながら欲動という心の病に冒される。それは構築と消失を繰り返しながら、新たな生命を作り出していく。それはまるで、現実世界の縮図を見ている様だと言っても過言ではない有り様だった。


魔女は握り締めた掌を緩めていき、


「────底が知れぬものね、人の欲というものは」


目の前の光景に憐れむ様な視線を注ぐ。斜め後ろで控えていた魔女は小さくため息を付きながら、


「あらあらまぁまぁ、あれだけ扱き使っておいて、どの口が言えるのでしょう。忌み子の貴女が随分な態度ですね」


呆れた様子で肩を竦めて見せる。



「言葉に気を付けなさい、ハプジャンパルバット。それ以上続けるのであれば、いつでも相手になってやるわよ」



彼女は凍り付くような視線を向けながら言葉を放つと、


「やんちゃなのも結構ですけれど、娘同士の争いは母様が黙っていないでしょう。────身なりはきちんと整える、出されたものは残さず食べる、言い付けはきちんと守らなければ何の意味もありません。生意気な口を叩くのは好き嫌いを克服してから言いなさい、マンダリン オリエンタル」


ハプジャンパルバットは軽く受け流す様にして言葉を返した。


魔女、マンダリン オリエンタルは不敵な笑みを浮かべながら、


「嫌いなものは、嫌いなのよ。はっきりしていて良いじゃない」


優しさを失くした闇の中で、魔女が残した最後の祈りは静かに余韻を残して消えていった。

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