(45) 知恵の実-22

祈祷ではどうすることもできない傷を、魔女は薬草知識を使って治す。植物の持つ力を利用してきた魔女達の長い歴史の一端に触れながら、


「もうその答えに、疑う余地はありませんわ。知恵者と呼ばれるのも、強ち間違いではありませんわね、────恐れられて当然の力ですこと」


ダーチャは奥底から湧き出る喜びに震え、それを噛み締めていた。



彼女の魔術は見た目鮮やかで感情に溢れており、独特な品性を持つ。彼女は握り締めた鎚鉾を右手で胸の前に掲げると、その周囲には火の蝶達が集い始める。



「火が生まれ、世界には熱が宿りましたわ。その熱は揺らぎを与え、それは風を巻き起こしていく。どなたがわたくしに火を付けてしまったのか、その身を持って知ると良いですわ」



彼女は勢いよく振りかぶると、鎚鉾は瞬時に着火して炎が荘厳に燃え盛る。加熱された鎚鉾は赤味がかった色に輝く炎となって、大きな熱を放射する。螺旋の様に放射する炎はまるで表情豊かに燃えうねる様で、それは私の心を奪う程に美しかった。



「────けれど降りかかる火の粉であれば、払わなければならないわね」



私は直ちに狼へと姿を変え、彼女へ向けて疾走し始める。幾重にも折れ曲がりながら飛弾を避けつつ距離を詰めるが、彼女は正確に位置を捉えながら、瞬間的な反応速度で行く手を阻んで邪魔をする。直撃は免れても、被弾は避けられそうにもない。巧妙に狼から魔女へと姿を移し変えながら、私は軟膏を用いて損傷を軽減しつつ、狼の姿で彼女の懐に飛び込んでいく。

すかさずダーチャは焦熱の衝動を発するが、押し寄せる熱気と同時に私は前方へと飛び退いた。そして私が避ける事を見越してか、この瞬間を待っていましたと言わんばかりに狙いを定めながら、


「いらっしゃると思いましたの、まだまだ、甘ちゃんですわね」


燃え盛る鎚鉾が胴体目掛けて振りかぶられる。


────振りかぶられた鎚鉾が私へ届く寸前、狼から鳥へと姿を変えた私は、すんでのところで直撃を免れた。そして即座に魔女の姿へと移り変わり、私は幻想的な装飾が施された耳飾りを片耳から取り外して、夜を閉じ込めたような透明感溢れるその小瓶を彼女へと振りかける。


ダーチャは崩していた体勢を瞬時に整えて、私へと向けて鋭い追撃を振りかぶった。腹部を貫かれたような痛みが体の中を駆け巡った直後、今度は背中にも同様の衝撃が走っていく。


続いて嗅ぎ慣れない匂いに幾らか顔を顰めながら、彼女は眉間に皺を寄せた。不安感を払拭するかのように、ダーチャは鎚鉾でそれを燃え払う。


私は彼女の動きを警戒しながら、焼け爛れた痕が残る腹部を押さえつつ、一旦距離を置いて立ち止まった。傷口に治癒の軟膏を塗り付けていくが、それも限りがない訳では無い。


ダーチャは表情を引き締めながら、


「自分の情けなさに、体が怒りで滾りますわ。────────けれど混乱はいつも、嵐と共にやってくる事はご存じでして?ゆめゆめお忘れなきように」


それは前兆も無く、怒りは炎の嵐となって近付く者を押し退ける。

巻き込まれれば敵味方の区別なく吹き荒れる嵐の怒りは、周囲を激しく乱れ狂う。私は咄嗟に行動を開始しようとしたが、それ以上の追撃が来る様子は見られなかった。周囲を覆っていた嵐の怒りは散り散りとなって分解されていき、辺りには魔力の残滓だけが残る。


ダーチャは心なしか青ざめた表情をしながら、左手で口元を覆っていた。暫くして、彼女は膝元からがくりと折れ、無残にも地べたに崩れ落ちていく。歪んでいく意識の中に苦悶の表情を浮かべながら、


「な……、何をした……んです、の」


私は安堵の吐息を漏らした後、


「────ベラドンナは運命の糸を断ち切る程の強い毒性を持ち、魔女の花の異名で恐れられていたらしいわ。魔女達はこの毒草を好んで、手入れに励んでいたと言い伝えられている」


説明する私を虚ろな視線で見上げている。見開かれた瞳孔で、しかし苦痛に耐えながらも、


「魔女の花は人を殺す毒や秘薬等に用いられ、成分を過剰に摂取すると様々な中毒症状を引き起こし、最悪の場合は死に至る。────その花言葉は、"呪い"と"死の贈り物"。手向けという訳では無いけれど、それでも、貴女の動きを止めるには十分でしょう」


薄っすらと意識が霞んでいく中で、魔女は眠る様に大人しく倒れながら、そして気を失っていった。

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