(44) 知恵の実-21

魔女が花開いた掌には、絵札を模した象徴が宿る。

それは神秘的な輝きを放っており、浮遊しながら回転し、宙を漂い続けている。紫色と赤色が煌きながら美しく混ざり合い、深く透き通った色がとても印象的だった。


7つの杖と装飾が施され、祝福を受けた絵柄の象徴を左手で差し出しながら、


「わたくし達は、生まれながらにしてアルカナという名の神秘を秘めておりますわ。4種類存在する紋標は数字と宮廷の絵札の組み合わせで構成され、それぞれ異なる意味を持っております。それは日常の出来事や心の変化を表しながら、わたくし達の旅路の果てを仕上げ終えて、物語を完成させる重要な役割を持ちますの」


魔女は饒舌に語ってゆく。



「言うなればそれは、わたくし達の旅路そのものでもありますわ。わたくし達は思いを形作りながら、喜怒哀楽を繰り返して、更なる高みを目指さしていかなければなりません。そして旅路を経て物語は展開されてゆき、進展と停滞を幾重にも重ね合わせながら、魔女達は物語の終わりを迎えるのですわ」


静観しながら成り行きを見守っていた魔女、ロゼロワイヤルは、


「────ダーチャ、語ってしまえば物語もそれまででしょう。私達にはそれぞれ、ひとりひとりの物語があるのだから」


口を差し挟もうとするが、


「言われずとも承知しておりますの。貴女に介入されては、またとない機会も興覚めるばかりでしょう。わたくしも、これ以上語るつもりはありませんわ」


彼女の言葉を遮り、分かっていると言わんばかりにダーチャはその先を続けた。そして彼女は意思を固め、


「────────誰もが皆、一度きりの旅路ですわ。物語には自分で意味を与えない限り、何の価値もありませんことよ」


唇を綻ばせながら、その掌を握り締める。象徴である絵札は光の帯へと変貌を遂げ、それは幾筋もの光となって重なり合い、軌跡の様な弧を描く。夜に浮かぶ鮮やかな光が個性をより一層引き立てる中で、魔女は厳粛な表情へ変えながら、


「巣立ちを迎えた貴女の為に、その神秘の一端をお見せしますわ」


改めて身を引き締める。



────それは、息もつかせぬ速攻だった。

魔女はこれまでと比にならない速度で、眼前へと迫り来る。狼の優れた動体視力をもってしても困難な程に、目で追う事がやっとだった。一気に距離を詰め終えたダーチャは、私に向けて焦熱の衝動を撃ち放つ。間一髪で飛び退くも、間合いを取る事を彼女は許してくれなかった。彼女は瞬時に私との間合いを詰め、容赦なく飛弾による連撃を叩き込む。


傷は浅く、擦り傷程度ではあったものの、時間の経過と共に傷跡は増えていく。私は若干の動揺を見せながら、


(────予想していたよりもずっと速い。侮っていたつもりは無いけれど、認識が甘かった)


いつ終わるとも知れない彼女の攻撃を必死に避け続けるが、蓄積していく痛みは次第に身体の動きを鈍らせていった。そして連弾炎を避け切る事が出来ず動きを止めてしまった私の隙を、彼女が見逃すはずがない。胴体へ放たれた焼尽の猛火によって、衝撃と共に吹き飛ばされる。


私は魔女の姿へと戻りながら、初めて知った痛みに表情を歪ませた。そして鞄から取り出した薬を体に塗り付けると、軟膏で覆った傷口の治癒が促進され、痛みを軽減して体の調子が整えられていく。


ダーチャは底知れぬ深みの使いに、感嘆の息を漏らす。それでもなお彼女は微笑みを浮かべながら、


「どこまでも楽しませるのがお上手な方ですわね」


その旅路が素晴らしい物になるように、


「一度でも諦めてしまったら、それが癖になってしまうでしょう?」


私は限りなく尽くして、笑い声を小さく漏らしたのだった。

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