(43) 知恵の実-20
魔女は箒で空を飛び、動物に化け、人を食らう。
彼女達は脂を主成分とした軟膏を用いて、自在に姿を変えてゆく。
魔術教書には様々な処方が伝えられており、魔女は犬、猫、鳥、蛇等の動物達へと姿を変える。それらの動物は次第に人から警戒されてゆき、魔女は悪魔の手先として扱われ、過去には迫害される時代もあったらしい。
そして狼に変身した魔女は人から最も忌避される存在であり、生まれ持った恐怖の記憶を引き起こす。それは人の命を脅かし、不安や恐怖を狩り立てながら、人を襲って肉を食らう。
魔女は超自然的な力を持ち、悪魔と契約を結んで得た力をもって人に災いをなす者として、広く認知されていった。彼女達は生と死の周縁に位置しながら、今もその境界線を行き来し彷徨い続けている。
*
眼前の白い狼に、魔女、ダーチャは心奪われた様に身震いをしながら、
「この世界を創造されたのが神であるのであれば、それを覆すものこそ悪魔の力ですわ。変える事の出来ない現実を、変える事の出来る存在、────どうしましょう、わたくし、誘惑されてしまいますの」
目を細めて恍惚と見入っている。
私は上唇を上げて歯と歯茎を見せながら、魔女に向かって低く唸った。ダーチャとの間合いを図りつつ、姿勢を低く臨戦態勢に入りながら、くっと顎を引き上げる。張り詰めた空気の中、ダーチャは得体の知れないものへの恐怖を迎え入れるかの様に、
「やはりわたくしの目に狂いはありませんでしたわ、面白くなって来ましたわね」
それでも彼女は笑っていた。
狼の狩りに関する重要な要素は、高い持久力と強力な顎にある。
彼等は相手が疲れ果てるまで追い続け、鋭く大きい牙は獲物に食らいついて放さない。捕らえた獲物を引き摺り倒し、骨すらも噛み砕きながら、喉や鼻面に食らいつきやがて窒息させるという。
私はダーチャに狙いを付けながら、緩やかに走り出す。自分が持たない何かを追い求める様に、目を付けた相手を執拗に追い立てる。魔女の放つ飛弾を見極めながら、鋭い洞察力で物事を見通してゆく。
ダーチャは鎚鉾を構えながら、前方へと振り翳した。空間中に生じた流れは火炎の噴流へと変わり、私の行く手を遮るように邪魔をする。けれども彼女が放った魔術を意に介さず、私は躊躇することなく一直線に突き進む。そして動きを阻む事を見誤り、無防備になった彼女の腹部へ突進し、勢いを乗せた一撃を叩き込んだ。
鋭い衝突音と強烈な衝撃が、彼女の身体を駆け抜ける。────それでも彼女は大きく崩れ落ちる事は無く、咄嗟に間合いを取りながら素早く後ろに跳び退さった。
縫合が必要な程に傷は深く、口から血を滴らせながらも、彼女は地をしっかりと踏みしめる。続いて魔女は炎で苦痛を焼き尽くし、身体の痛みを消しさっていった。
そして静かな笑みで満足を示しながら、
「ハルマリ様、アルカナと呼ばれる神秘、というものを御存知でして?────これから、面白いものをご覧にいれますわ」
魔女は花開く様に左手を差し出して、祈りを込めていったのだった。
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