(37) 知恵の実-14

薄暮の迫る広場の中で、夕焼けに照らされた魔女達の影が伸びてゆく。


左の掌で魔力を形作る様にして、私は右手のワンドで願いを込める。

掌の上で魔力が形作られてゆくが、それは紐解ける様にして分解され、魔力は原型を保てなくなり、やがて霧散していった。



「"森"で練習したこともあったけれど、やっぱり駄目ね」


「────恐らく魔力量が少ない事で、思い描いた印象が形取れないのでしょう。魔力が少ないからといって魔術が使えない訳ではないけれど、ハルマリは魔術との相性が余り良くないのね」



ロゼ ロワイヤルは感情に流される事なく、淡々と事実だけを語ってゆく。

私は力なく笑ってみせたが、自分が自分を受け入れる様して、


「まあ、分かっていた事だけれどね。魔力が少ない事を悲しいとは思ってないし、これは自分に与えられたものであって、────私はそれでいいと思ってる」


実際の自分に満足している様子で言葉を返す。

そして私は素直に物事を受け止める様にして、


「魔術が使える貴女が羨ましい」


羨望を口にして笑い掛けた。



「私達は万能ではないけれど、決して無能ではないでしょう。私からすれば、薬草学と薬学に関する知識の方が余程不可思議でたまらないわね」



彼女は穏やかに微笑みながら、私を思い遣る言葉を掛ける。



自分を嫌いになってしまったら、きっと相手に優しくはなれない。どんなに花が好きだとしても、心が満たされていなければ、花を折る事もあるだろう。心が満足することで、きっと私達は何者にも、幸せにもなれる。


私達は、今が今だと感じる様に生きている。



「当たり前というものは、幾らでもあるように見えて、とても儚い物なのかもね」


「言葉は何時だって、思いには足りないもの。だからこそ私達は、一生懸命にそれを伝えようとする事が大事なのでしょう?」



行動だけでは、決して判断できないものがある。

それを理解する為の基準は、きっと私達の心なのだろう。



*



魔女達は箒の柄に腰掛けながら、雲に覆われた空を目指して飛んでゆく。


私はロゼ ロワイヤルの腰に腕を回しながら、全身を彼女に預ける姿勢で、


「────ちょっと、飛ばし過ぎでしょう!」


「振り落とされないよう気を付けなさい」


高空へと飛び続ける魔女は淡い笑みを浮かべながら、さも面白げな表情で笑っている。彼女にしがみ付きながら、私は気が気でない様子であったが、それでも魔女は速度を落とす事なく飛び続ける。



しばらくして雲間を抜けると、────────眼前には満天の星が、大地へ向かって降り注ぐ。


祝福を宣言するかのように、遮るものは無く、何処を見ても星で埋め尽くされた世界が広がっている。



それは、言葉では言い表せない程に美しく、そして幻想的だった。



自然はいつだって、無条件で私達を包み込んでくれている。星々は煌びやかさで私達を魅了しながら、息を呑む程の圧倒的な感動を与えてくれている。



静けさの中で、魔女達が零した吐息は優しく、そして白く染まってゆく。


夜空に輝く満天の星を目指して、魔女達は何処までも、星降る夜を流れていった。

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