(38) 知恵の実-15

ジネストラと呼ばれる落葉低木の枝先には鋭い棘があり、葉には更に小さい棘を持つ。それは強風が吹き荒れる荒野でも、厳しい寒さの土地でも生き延びる事が出来るとされ、しなやかな枝先は風に反応して折れてしまう事は滅多にない。枝は束ねる事で箒の材料に用いられ、空を飛ぶ魔女の箒もジネストラを使って作られたものと良く知られている。



ジネストラは細かい葉が密生した枝に黄色い花を咲かせており、甘い香りを放ちながら丘を黄金色に染め上げる。細枝には幾つもの花を付ける事から豊穣の象徴とされており、箒から来る花言葉は"清楚"と言われていた。



*



食事を終えたコタダは、蝋燭の灯りと月の光に照らされながら、夜の居館を歩いている。自室へと足を進めている途中、長い長い廊下の先で、彼女は一人の魔女とすれ違った。


魔女、ダーチャは募る思いを抑えつつ、


「あら、コタダ様。ごきげんよう」


にこやかな雰囲気でコタダへと声を掛ける。彼女は何か嬉しい事でもあったのか、愉しげに口元を緩めており、コタダは魔女と視線を合わせながら、


「ダーチャ様、こんばんは。────何だか、今日はまた一段と楽しそうな様子ですね」


臆すことなく返事を返す。どこか引っ掛かりを感じたダーチャは、いつもと違うコタダの様子に一早く気付く。見慣れていた表情の面影は消え去っており、ダーチャは彼女の目をただただ黙って見続けたのち、


「────初めて見る顔ですわね。その方が貴女らしくて、素敵ですわ」


口元を綻ばせながら笑うと、唇の間から真っ白い歯を覗かせた。



「わたくし、待ち続けておりますの。────大輪の花を咲かせるには、長い時間が掛かりますわ。執着を手放して、今を生きる事に尽くしてこそ、豊かに花開くものでしょう?わたくし達も、強かで美しくありたいですわね」



そう言いながら魔女は、コタダに丁寧に別れの言葉を告げると、恋焦がれる気持ちを燃やす様にして去っていった。



*



夜更けにも関わらず、私室から漏れる蝋燭の灯りは窓の外まで届いている。


コタダは乾燥させたジネストラの枝を、株元に近い部分から丁寧に一つづつ切り取ってゆく。枝を落とし過ぎない様に注意を払いながら、繰り返し丹念に切り揃えてゆくことで持ち手となる部分を確保する。


幾つかの小さい束を作りながら、先端の長さを合わせ、コタダは完成を思い描く。



(鳥が少しずつ巣を作る様に、生まれ育ったこの土地で、少しずつ大切を積み重ねていけます様に……)



作業そのものに純粋な楽しさを感じながらも、そのうち黙々と集中する魔女の姿はとても印象的で、どこか幸せそうだった。

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