(34) 知恵の実-11
居館4階の各居室を巡ってゆき、"王の居間"と呼ばれる部屋から続く扉を開けると不思議な光景が広がっている。開いた扉の先は洞窟へと繋がっており、窪みには燭台が配置され、留めなく水が流れ落ちる噴水や滝も設置されていた。
人の手で作り出されたと思われる、人工鍾乳洞の中を2人の魔女が歩いてゆく。魔女、カイルベッタ ウインターフロストは腰骨から足を運び、膝を軽く擦り合わせるようにしてしなやかに歩く。それは力強さを感じさせると共に、品性の良さを感じさせる、美しい振る舞いだった。
カイルベッタ ウインターフロストの透き通った声が響き渡る様にして、
「ロゼ ロワイヤルに変わりはありませんか」
後ろに控える魔女に声を掛ける。
「友人が出来たようで、何処か嬉しそうな様子でした。新しい出会いに触れることで、彼女にも良い刺激になるかと思われます」
魔女に追従する様にして、歩調を合わせながらシュリードゥワリカは言葉を返す。カイルベッタ ウインターフロストは艶やかな瞳を細め、淡く微笑むように進む先を見つめていた。
洞窟を進んだ途中には"冬園"と呼ばれる温室が存在しており、巨大な板硝子が嵌め込められ、窓からは幾何学模様に配置された花壇や植木、更に向こうには運河がどこまでも続いてゆく。
下の中庭と呼ばれる広場には幾人かの魔女が集まっており、喧騒と言ってもいいほどの活気に溢れ、その賑わいを見せている。カイルベッタ ウインターフロストは窓越しにその光景を見下ろしながら、何処か懐かしむように口を開いた。
「────いつだったか、ああして過ごした日々を思い出します。見守られていた私達が、今度は見守る側へと変わってゆく。一同が揃って歩いてきたその先を、彼女達はどのように歩いてゆくのでしょうね」
魔女は何処か哀愁漂う後ろ姿を見せながら、翳りのある美しさが辺りに満ちて広がってゆく。シュリードゥワリカはカイルベッタ ウインターフロストの後ろに佇みながら、敢えて言葉を挟む事はせず、次の言葉を黙って待つ。
「アボングローブ ユーフォリアの教え子達からの報告では、"裂け目"に変化は無いようですね。────しかしこの世に不変のものなどありません。彼女達は微妙な変化や変更を加え続けながら、決して他の魔女達には悟られてはならないように動き始める事でしょう」
シュリードゥワリカは魔女の背中に向けて、
「"死神"は堕落し、"力"と"節制"は奪われました。そして"悪魔"と"運命の輪"は、いつか来る"審判"の時を待っていることでしょう。────────けれど"世界"は未だ、眠り続けたまま沈黙を続けています」
どこか気持ちを後に残す様にして語り掛ける。
カイルベッタ ウインターフロストは本質を見極める様にして、
「時代は回り、新しい風が吹く。────願いが込められた風は、新たな風へと乗り継いでいき、思慕の情を積もらせていきます。それを幾度となく繰り返しながらも、それでも、私達は風に乗せてきた思いを忘れることは無いでしょう」
そう言って魔女は自分を納得させるように何度か頷いて、シュリードゥワリカに微笑んだ。
2人の魔女達は、再び鍾乳洞の先へと歩き続けてゆく。
緩やかな足音は、いつのまにかその輪を広げて、静寂の中に余韻を残して消えていった。
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