(33) 知恵の実-10

「イノンドは茎、葉、花、果実がそれぞれ調剤に用いられます。株ごと刈り取ってしまう方法もありますが、今回は直接摘み取る事にしましょう。また、ヘンルーダは毒性を有しておりますので、茎葉の汁に触れないように十分に注意下さい」



コタダに注意事項を伝えながら、私達は一緒に作業を開始する。彼女は手を休める事も無く、小さく細い指を器用に動かして採取を進めてゆく。丁寧に作業をこなしながら、そして、決して雑にする事はない。目を凝らしつつ、神経を尖らせる様子で、細かい作業をやりこなす。


彼女はすみずみまで配慮する様に、採取した素材をかごへと仕舞ってゆく。私は成り行きを気を付けながら見るようにして、彼女へと視線を移していたが、集中力が高く、作業に没頭しているようで、彼女からの反応は見られなかった。



そしてコタダは黙々と採取を進めてゆき、最後までやり遂げ終えていったのだった。



*



私達は原料の採取を終え、丘陵地のなだらかな起伏に座り込んで息を付く。


若干の疲れが見えるコタダへ向けて、私は水筒を差し出しながら、


「コタダは手先が器用ですね」


感謝の言葉と共に、彼女は受け取った水筒にゆっくりと口を付ける。一呼吸したのち水筒を両手で抱え込みながら、彼女はしばし深く考え込むようにして、今まで誰にも話す事の無かった胸の内を打ち明けていった。



「────わたしにはこれと言って取り柄もなく、秀でたものもありません。魔力も月並み程度ですし、"学園"で学ぶ事の出来る様々な分野においても、得意とするものは何一つありませんでした」


彼女はぼんやりと遠くを見つめながら、


「わたしも大人になれば、自分自身も変わっていけるのかな、もっと楽になれるのかな、そう思っていましたが、歳を重ねる毎に苦手なものは増えてゆくばかりです。食べるものも、選ぶ衣服も、同じように繰り返される日々は、あの頃と何も変わってはいません」


彼女の話に対して、じっと黙って耳を傾ける。

そしてコタダは困ったように、


「多少良くいくこともありますが、いつもどうして良いかわからず、慌てふためく事ばかりです。投げ出したくなることもありますし、打ちひしがれることもありますが、それでもわたし達は、今この時を生きていかなければなりません。


けれど現実と向き合っても、自分の存在の小ささを知るばかりで、────────わたしは一体、何をしたかったんでしょうね」


そう言って壊れた笑顔を作りながら、笑った。



私は、自分の中の、良く似た思いや感情に触れながら、コタダの気持ちに批判すること無く添ってゆく。コタダの話を受け止めるようにして、言葉の意味を深く知る。



束の間の沈黙の中で、ひたすら聞き役に徹していた私は、


「私は薬学や薬草学を学んでまいりましたが、微弱な魔力しかありませんし、箒で満足に飛ぶことすら出来ません。いつか私が困難に直面した際には、きっと、誰かに願うことになるでしょう」


静かな強さで言葉を返す。



「手先の器用さは、決して誰もが持っているものではありません。貴女にも出来る事は幾らでも有りますし、やりたいことや、しなければならない事も、今後知っていく筈です」



私は少しだけ間を取り、コタダへ向き直る様にして、次の言葉を伝えてゆく。



「この世界には、誰かにしか出来ない事なんて、きっとありはしないのでしょう。

もし私が誰かに助けを求めた時には、必要なものをその中から選ばなくてはなりません。数ある中から選び抜いて、誰かにそれを願うのであれば、私はコタダにして欲しい、────そう思いますよ」



そう言いながら、私は穏やかに、そして曇りなく笑った。



コタダの酷く脆くて優しい顔は、弱々しく寂しい表情から、次第に愛嬌が広がっていく様にして、小さな顔一杯に溢れてゆく。



彼女は声を抑えるようにして私の胸に顔を埋めると、衣服の上から熱い思いが染み渡っていった。私はより一層熱を帯びてゆく胸の中で、彼女の頭に手を回しながら全てを受け止める様にして、ただただ黙って寄り添い続けたのだった。



*



夜は、部屋の中まで続いている。


部屋の中を、仄かで控えめな自然の香りが満たしてゆく。小さい香油瓶から放たれる落ち着いた香りは、深みと調和を与えながら、温かな癒しまでもたらしてくれる。



ほっと息付くような、安らぎあるひとときの中で、コタダは魔女に思いを馳せる。


高鳴っていく心臓の音が、続け様に胸を打つ。


居心地が悪いような、どうにも落ち着きが悪いような。


今までに経験した事の無い感情や欲求が複雑に絡まり合ってゆき、その正体を見失ってゆく。抱いている気持ちの正体は、自分でもはっきりとは分からなかった。


コタダは敷布で自分を包み込むようにして、たくさんもの、溢れんばかりに入り乱れる心模様を抱き寄せる。そして遙か彼方を見通す様にして、大人になってゆくために、コタダは決意を貫くことを約束する。



(…………決めた。わたしもなるんだ、まっすぐ生きていけるように、誰かを助けられるように。嬉しい笑顔や、喜ぶ涙を作れる魔女に、────あの人みたいに、わたしもなりたい)



蝋燭から照らされる、温かく、そして柔らかな灯りの中で、穏やかで優しくも、覚悟を決めた表情が浮かび上がる。



感情の芽生えの正体は、今は、高鳴る鼓動だけが知っていた。

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